第6話 理由はきっと単純で
「勝手に近づいたのは私なのに……、
ぽろぽろと涙をこぼしながら、必死になんでどうしてと問いかけるセシルに私はきょとんとするばかり。
「……なんで、って。親友を助けるのに、理由っているの?」
心の底から出た疑問だった。
だってそんなこと考えたことないもの。
「親友、だから……?」
「んー……。ううん、ちょっと違うかな?」
それじゃあ親友じゃなかったら助けないと言ってるみたいだ。
「……そうね、ひとつ言えるなら」
大事な人を助けたいと思うのはきっと、誰でも同じ。でもあの瞬間。私の中にあった思いはそんな大それたものなんかじゃなくて。
助けなきゃとか、守らなくちゃとか、ましてやあなたが傷つくくらいなら……なんて、どこぞの漫画みたいな思いでもなくて。
答えはきっと、すごく単純なもの。
「“危ない”って思った瞬間、体が勝手に動いちゃったのよね」
そこに、きちんとした答えなんてない。
こんなふうにセシルを悲しませていることを考えれば、私の行動は正解ではなかったのかもしれないけれど。
それでも、自分の行動に後悔はないのだ。
その言葉に、セシルの顔がくしゃりとゆがんだ。
「アヴィ……」
「ん?」
「アヴィ、アヴィ……っ」
「うん、なあに?」
震える手を握りしめて、優しく問いかける。
「……っ、あ、ありがとうっ」
「うん。どういたしまして」
何度も何度も泣きながら私の名前を呟いて、ようやく絞り出したようなその言葉は。
――――――……何故だろう。
私が思うよりもずっと重く、沢山の想いを含んでいるように聞こえた気がした。
「とにかく、見学はもう十分だろう……。控室に案内する」
「はい、お願いいたします」
何度もしゃくりあげるセシルの顔を隠すように、ウェルジオは自分の着ていた上着を脱いで被せる。
その手のひらに朱い切り傷ができているのを見つけて、慌てて声をかけた。
「ウェルジオ様、手のひらに」
「ああ……、切り落としたときに弓矢の先が掠ったみたいだな……。大したことない、このくらいすぐに塞がる」
「いけません! これから大会ではないですか、すぐに医務室に……」
「いい。そんなことしていたら開会式が始まる」
先ほど自分を助けてくれた時に負った傷だ。
とくに気にしている様子は見られなかったが、そうもいかない。
怪我しているのは彼の利き手。これから剣を持って戦うというのに、大丈夫な訳がない。
「では、せめて……」
せめてこれだけでも、と。持っていたハンカチを傷口に巻いた。
「気休めにしかならないかもしれませんが、これで少しはマシでしょうから」
大会が終わったらちゃんと手当をしてくださいねと念をおくのも忘れない。
そのハンカチに刺繍されている模様を見て、ウェルジオは目を見開いた。
「これは……、不死鳥、か……?」
「ええ。先日、セシルと一緒に刺したものですが、あいにくと私には渡すような相手もいないので」
そのまま自分用に使っていたんだと苦笑すれば、今度は何も言わなかった。
「よければ、このままお持ちください」
不死鳥は安全祈願のお守り。
既に私のせいで傷を負わせてしまったが。
怪我をしないように、無事でいられますように――――……。
私が今、その祈りを送りたい相手は、間違いなくこの人だから。
***
結論から言えば、そんな私の心配はまったくの杞憂だった。
「――――勝者、ウェルジオ!!」
審判が辺りに響く声で宣言をすると、闘技場内がわっと湧いた。
「流石お兄様。これで3人勝ち抜けね」
「………………」
すっかり目元の腫れが引いたセシルがさも当然だと言わんばかりに胸を張る。
私なんかが想像していたよりもずっと、彼は強かった。
いや、それくらいの腕がなければ、飛んできた弓矢を正確に切り捨てる、なんて芸当そもそもできないか…………。
「素敵……」
「さすがですわ、ウェルジオ様」
そんな彼の姿が年頃の少女たちの視線を集めるのは当然のことで。
試合を眺めていた貴族のご令嬢たちが次々に黄色い声を上げる。
「おモテになるわね、ウェルジオ様」
「夢見てるだけよ、内面はただのヘタレ野郎とも知らないで」
「あら。あの中には将来のお義姉様がいるかもしれないわよ?」
「それはないわよ。表面の良さに惹かれてくるだけの女なんて、お兄様が選ぶわけないもの」
そんな女を姉と呼ぶつもりもないと、きっぱり言いきる。
「頭が固くて意地っ張りで、プライド高いくせに以外と抜けてて。そんな所をちゃんと理解して、受け止めてくれる人じゃなきゃね!」
普段はなんだかんだと兄を雑に扱うことのあるセシルだが、そこには確かに家族の、兄妹としての信頼がある。
ウェルジオが妹をとても大切にするように、セシルもまた、お兄さんが大切なのだ。
セシルの言葉に、目には見えない兄妹の絆を見た気がして、私は思わず口元が緩んだ。
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