第5話 銀のきらめきに魅せられて
「……っ‼」
己を襲うだろう衝撃を予想して、私は瞳を強く閉じ、思わず息を止めた。
その瞬間――――――視界に飛び込んできたプラチナブロンド。
鈍色に輝く銀の一閃が、鋭く空気を切り裂いた。
周囲に高く響き渡る金属音がいつまでも耳の奥でこだまする。
そのわずか数秒たらずの、ほんの一瞬の出来事に。私は我が身に降りかかった危機も、瞬きすることさえも忘れて呆けた。
「……ふう」
馴れた動作で剣を一振りし腰へと戻すと、ウェルジオは深く息を吐いて肩を下ろす。
彼の足元に転がるのは、真っ二つに切られた弓矢の残骸……。
その一連の流れは、さながら映画のワンシーンのように、ひどく現実離れしていた。
(………………す、すごっ!)
体の底から湧き上がるこの感情は恐怖などではない。完全なる高揚感。
思わず全身でふおおおぉぉ……ってなった。きっと今の私は盛大に間抜けな顔をしている。
いやいや剣で一閃て!? あなたどこの勇者サマ!? これどこの映画デスカ!? くらいの言葉が頭の中を猛スピードで駆け巡っていた。
当事者のくせに完全に画面の外の人間の心境である。そのくらいには現実味がなかった。
「大丈夫ですか!?」
「ぅえ、ウェルジオ様……っ」
とはいえ、いつまでも呆けている場合でもない。
焦ったようにこちらに走ってくる兵士たちの声に我に返る。彼らはそこに立っているのがバードルディ公爵家の人間だと気付くと、一気に顔を青ざめてその場に跪いた。
「お前たちは何をやっているんだ!? 自分のしでかしたことが分かっているのか!?」
「も、申し訳ありません……っ」
「申し訳ないで済むかっ! 弓場でもない所で……っ、お前たちのせいで二人の令嬢が怪我を負うところだったんだぞ!? この意味が分かっているのか!?」
ウェルジオの言葉からは隠すこともできない怒りと焦りが感じられた。
貴族の令嬢に傷を負わせるという意味。
体に傷を負った女はいわゆる“傷物”だ。それだけで嫌がる貴族は多く、この先、碌な結婚は期待できなくなる。
それは、貴族の令嬢としての価値を失くすことと同義だ。
彼が怒るのは当然だ。一歩間違えば、妹がそうなる所だったんだから。
「それなりの処分を覚悟しておけ。斬り捨てられても当然のことをしたんだからな」
「……っ、はい」
「まっ……」
当然のように語られた内容に思わず全身が総毛立った。
「お待ちくださいウェルジオ様、そこまでする必要はないのでは……」
「黙っていろ、これは立派な問題行為だ」
「ならばなおさら、黙るわけには参りません。そもそも非はこちらにあるんです。彼らが弓を射っていると知っていながら近づいてしまったんですから」
本気で冗談じゃない。これで彼らが殺されるようなことになったら目覚めが悪いにも程があるわよ。
さすがにごめんこうむりたい。
「そのようなアクシデントに対処できなくては兵士として失格だ。そもそもこんなところで弓を打っていたこと自体が問題なんだからな。公爵家の人間として見過ごすことはできない」
相変わらず真面目、そして頭が固い……。
彼の言ってることはたぶん正しいのだろう。
上に立つ立場の人間はその姿勢を決して崩してはならない。迷いを持ってはいけない。上には上に立つ者の、下に立つ者を導く存在であるという責任がある。
今ここで彼らを助けることは、ある種の差別だ。そんなことをしてはいけない。時には心を鬼にして切り捨てなければいけないこともある、と。
解ってはいる。それでも。
「その度に命を差し出していては、この国から兵士がいなくなってしまいます」
それでも。それを拾い上げることが出来るのも、上に生きる者たちだと思うから。
きっと私なんて、公爵家跡取りの彼に比べれば貴族としての在り方や考え方もまだまだ甘くて、伯爵家の令嬢として足りない部分も沢山あるんだろうけど。
でも、きっと。この判断は間違ってはいないはず。
「誰だって失敗することはあります。けれど、失敗を経験するからこそ、学ぶことだってあるはずです」
この出来事が彼らの中で強く深く、響くものになるのなら。彼らは兵士として大きく成長していくことができるはずだ。
「彼らとて反省しています。こちらにも落ち度はあったのですもの……。ですから今回は、私に免じて彼らを見逃してあげてはくれませんか?」
「……君はそれでいいのか? あやうく被害に遭うのは君だったんだぞ?」
「私にもセシルにもかすり傷ひとつありません。ウェルジオ様が守ってくださいましたもの」
「――――――…………分かった」
はぁと溜息を吐いて渋々ながらも納得してくれた。
その様子を信じられないといったふうに見つめている兵士たちに向かって私は声をかける。
「さ、お立ちください。もう大丈夫ですから」
「……っよ、よろしいのですか……?」
「ええ、ご心配なく。どこにも怪我などありませんから」
「あっ、ありがとうございます……っ!」
未だ恐怖で蒼ざめたままの彼らを安心させるように、視線を合わせて笑って見せれば、彼らは深く深く頭を下げて、何度も感謝の言葉を繰り返した。
嗚咽混じりの声と小さく震える肩からは、彼らが泣いているのだということが分かって。
この判断は間違っていなかったと思えた。
「だが、そっちは納得していないんじゃないか?」
「え」
彼の視線を追って後ろを振り向けば。
一体どうやればそんな恐ろしい顔ができるんだと思うほどの形相で、体中の毛を逆立てて今にも突き刺さんばかりに嘴をきらめかせる小さな小鳥の姿が……。
「ちょ、ピヒヨ待って! ストップストーップ!!」
「ビビビぃぃーーっ」
「わぷっ、こら! 落ちついて!」
腕の中でバタバタと喚く小鳥は兵士たちに向かって始終くちばしを突き出している。
小さいのにすごい殺気を纏うやたらと攻撃的な小鳥の姿に跪いていた彼らもたじろいだ。
「そいつのくちばしは痛いからな」
「見てないで止めてくださいな!」
「君のペットだろ。君が何とかしろ」
というかその鳥は僕の言葉など聞きはしないだろうと、投げやりに言い放つ彼は、腕を組んですっかり傍観スタイルだ。
「チュビビビビビッ!!」
「ダメだってば!!」
セシルといい、ピヒヨといい。何故に私の周りには血の気の多い奴しかいないのか……。
結局、ウェルジオの制止よりもピヒヨをなだめることのほうが大変だった。
隙あらば飛びかからんとする体を抑えている間に、兵士たちはウェルジオがいつの間にか解放してくれていた。
二重の意味で命拾いすることになった彼らは、何度も頭を下げて礼を言いながら去っていった。
「ピフー……」
「そんな不満そうな顔しないの。何ともなかったんだから、ね?」
「ぴっ」
そんな舌打ちみたいに鳴かなくても……。
まあ、不満極まりないという体ながらも一旦落ち着いてくれたからいいとして……、まだ問題は残っている。
「セシル、大丈夫?」
先ほどから俯いたまま、一言も発しない親友のことが気になった。いつもの彼女なら、我先にと声をあげているだろうに。
よほど怖かったんだろうか。じっと地面を見つめたまま、微かに震えている肩を支えるように顔を覗き込めば、エメラルドグリーンの瞳が涙で揺れていた。
「……して」
「え?」
「どうして、庇ったりしたの…………っ」
ようやく聞けた声は、まるで絞り出したかのようにかすれていた。
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