第4話 それはまるであの日のように……

 


 露店を回った翌日。私たちは馬車に揺られ、アースガルドの王城へと足を踏み入れた。


 本日、王城の広場で開催される武術大会の見物……ひいては、それに出場するウェルジオの応援のためだ。……いや、セシルはそれだけじゃないかもしれないけど。


「お兄様が出場するのは剣術部門だけど、別の場所では弓術や馬術の大会もあるのよ、よかったらちょっと覗いてみない? 良い刺激になると思うのよ!」


 なんの……?


 むん、と拳を握りしめる親友にちょっとたじろぐ。

 本当にこの子はどこを目指しているんだろうか…………。




 がたんと揺れて馬車が止まった。

 外から馬車の扉が開かれれば、そこには当のウェルジオが立っていた。


「この時間に着くって前もって言っていたから、迎えに来てもらったの」


 お城の中は広いから迷っちゃったら大変でしょ、と笑うセシルになるほど、納得。

 彼は幼い頃から第二王子の遊び相手として王城に招かれることが多かったと聞く。

 彼ほど案内役に向いている人間はいないだろう。


 兄の差し出す手を借りてセシルが馬車を下りる。私も下りようと立ち上がれば、彼は当然のように、私にも手を差し出してくれた。


「ほら」

「……ありがとうございます、ウェルジオ様」

「別に。令嬢に手を貸すのは当然だろう」


 彼は、最近少し雰囲気が変わった。多分あの誕生日の夜から。

 嫌味じみた口調は変わらないが、こうして一緒にいるときの感じが柔らかくなったように感じる。

 少なくとも、以前のように嫌われてはいないかな、とは思う。


「ぴーー!」

「だっ!? またこの鳥か!」

「こらピヒヨ!」

「ぴ!」


 私の手を取るウェルジオのそれに向かって突き出される鋭い嘴。

 咎める声もなんのその、まるでふんっとでも言うようにそっぽを向く小鳥にウェルジオの顔が引きつる。

 残念ながらこっちは相変わらず仲が悪い……。


「大会に出場なさるのでしょう? お時間は大丈夫なのですか?」

「問題ない。本番前にリラックスすることだって必要だろ」


 彼の表情は本番を前に特に緊張しているという雰囲気も感じられずいつも通りだ。

 その首元にはセシルが一生懸命刺した不死鳥が刺繍されたタイが結ばれており、腰には珍しく一振りの剣が差してある。

 そこだけが、いつもと唯一違うところだった。


「まだ時間はあるが、控室に案内……」

「兵士たちの練習風景を見たいと思っているんです! 皆さんはどんな特訓をなさっているのか、いい勉強になると思って!」

「セ、セシル待て早まるな!! そんなもの見る必要な……」

「行きましょうアヴィ!!」

「あーー…………」

「待て!! 君もちょっとは止めろ!!」


 無茶言うな。


 必死に止めようとする兄の声なんて何のその。セシルは私の腕を掴んで一気に走り出した。

 この状態のセシルを止めるとか、私には無理。




 ***




「動きを止めるな! そこ! 踏み込みが甘いぞ!!」

「はいっ!!」


 城の内部に作られた鍛錬場。何人もの兵士たちが一斉に剣を振っている姿は壮観だった。


「わーすごい」


 感嘆の声を漏らすセシルに私は無言で頷く。目の前で繰り広げられる中世のファンタジー映画のような光景には、たしかに胸が高鳴るものがある。


 隣にはがっくりとうなだれているウェルジオの姿があったりもするが。

 嬉しそうにはしゃぐ妹の声を聞くたびに顔を覆って嘆いている姿にはさすがに哀れみを感じる。


「んん~っ、いいわねこの雰囲気! やるぞやるぞって気になってくるわねー!!」


 …………なにを?


「セシルもう十分だろう? 他の所を案内してやるから……」

「あ! あっちではまた別の訓練が!」

「聞けよ!!」


 大変だな兄ちゃん……。


 嵐のように駆け出すセシルと、それを必死に追うウェルジオ。二人に置いて行かれないように私も必死で着いていく。

 そこではまた別の兵士たちが訓練をおこなっていた。


「わぁ、ここは……弓場、ですか?」


 広く作られたその空間では、数名の兵士たちが弓を射っている。

 言葉が疑問系だったのは、弓を持つ彼らの先にあるのが弓場にあるような黒と白の円盤の的ではなく、宙にフヨフヨと浮く風船だったからだ。


(これも訓練なのかしら……?)


「あれは動く的を射る練習だが……。あいつらは新兵だな……⁉ 弓場を使わずにこんなところで何をやってるんだ!?」


 広場のあちこちに浮かぶ風船を兵士たちが次々に打ち落とす。

 すごい光景ではあるけれど、剣を振っていた兵士たちを見た時のような雄々しさはなく、言うなれば男子高校生が束になって実力を競い合っている、かのような雰囲気だった。

 それを見たウェルジオの顔には隠すこともできない怒りが浮かんでいる。彼の言葉から察するに、ここは本来弓を射るために作られた場所ではないのだろう。


(ふふ、どこの世界にもいるのね)


 人の目を盗んでやんちゃする困ったちゃんは学生時代や職場でもたまに見かけたものだ。

 懐かしくて思わず笑っていると隣で彼らを見ていたセシルがハッとしたように呟く。

 

「弓……、長距離を極めるなら、それもあり……⁉」

「待てセシル早まるな。いいか、これ以上余計なことは……」

「もっと近くで見てくるわ!」


 その先は言わせまいと止めにかかる兄の言葉を遮り、セシルは弓を射る兵士たちのほうに向かって一目散に駆けだしていく。


 それを見たウェルジオがさっと顔色を変えた。


「馬鹿! 弓を打っている所に近づくな!!」


 セシルに対してはいつも優しい彼の焦ったような声に、私は慌ててセシルを追いかける。


「セシル! 止まっ……」

「――――――――危ないっ!!」


 言葉を遮る、兵士たちの悲鳴のような叫びが耳を突き抜けた。

 それにつられるように、思わず視線をあげれば、こちらに向かって飛んでくる鋭い切っ先……。






 咄嗟に。

 セシルに向かって手を伸ばした。


 危ないとか、死ぬかもしれないとか、そんな考えはなくて……、ただ夢中で。



 私はセシルの身体を押し飛ばした――――――――……。


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