第3話 自然が生み出す芸術品

 


「まあまあ、こればっかりは仕方ないわよ……。普通に楽しみましょ。ほらほら、あれなんて可愛いわよ!」


 落ち込む私を励ますように、セシルは楽しそうにあっちへこっちへと視線を回す。

 そんな楽しそうな彼女の姿を見ていると、沈んでいるのがもったいなく感じてくるから不思議。


「アヴィ、見て見てー!」

「はいはい」


 セシルの明るさは本当にすごい。いつだって周りを笑顔にするのだから。




「あら、これは」

「おや、嬢ちゃんたちこの辺の子かい?これは木工品て言って、全て木で作られてるんだよ」


 しばらく露店を回っていくと、前世でもよく見かけた工芸品を扱うお店を見つけた。

 木を削って作られた食器類、小物入れ、子供の積み木。


(へぇ、こっちの世界にもこういうのを作る人がいるのね……)


「それぞれ色や重さが違うんですね?」

「材質が違うからな、こっちに使ってるのは柏、そっちのやつは桃の木を使ってるんだ」


(木の種類も地球と変わらないのね……)


 それがわかりやすくて助かるのは事実だし、馴染み深くはあるのだが……。

 贅沢を言うなら、こういう所にこそファンタジーさんには仕事をしてほしいと思う。光る木とかないんですかファンタジー……。


 それでもアースガルドにはない、木を使った食器類はメイドのテラの興味を引いたようで、早速何種類か物色し始める。


「アヴィ、せっかくだから私たちもお揃いで何か買わない?」

「いいわね、何がいいかしら」


 木を削って作られた品の数々はそれぞれどれも素晴らしいし、なかなかに味のある物だけど、普段貴族の令嬢として生活する自分たちでは、食器類などはまず不要だし(そもそもテラが買ってた)おもちゃで遊ぶような歳でもない。

 なかなかコレといった物が決まらず、二人でうんうん唸っていると、店主の方からアドバイスをくれた。


「嬢ちゃんたちくらいの女の子なら、これなんてどうだい?」


 差し出されたのは木で作られた平たい櫛。

 これなら日常的に使うものだし、両手に乗るほどの大きさのそれはかさばることもないので持ち運びにも便利。

 軽く身だしなみを整えるために良いと、買い求める女性客も多いとか。


 二つ返事で頷いた私たちに、サービスだと言って店主が櫛の表面にそれぞれの名前を掘ってくれた。


「お作りになっている商品の種類等は店頭に置いてあるものだけなんですか?」

「いんや、祭りに持ってきたのは日常で使う食器とか子供のおもちゃだが、他にも色々作るよ。客から頼まれた物を直接作ることもあるかな」


 聞けば、この人はアースガルドの国境近くに位置する深い森林に住む一族で。

 彼らの住む森は、大小様々な木が生い茂る深い森で、昔からその木を削り様々なものを作りながら生計を立て、木と共に暮らしてきた代々続く森の民らしい。


「おじさんの住んでる森には他にどんな種類の木があるんですか?」

「お嬢ちゃん、興味あんのかい?」

「私、お花や葉を使ったお茶が好きなんです」

「年頃の嬢ちゃんにしては変わった趣味だな……」


 しかも貴族の令嬢です、とは言えない。


「……ん?」


 話していると、おじさんから木の香りとは別の何かが香っていることに気づいた。


「おじさん、香水をつけてらっしゃるんですか? 何かいい香りが……」

「香水? んな大層なもん持っちゃいねーよ、お嬢ちゃんの言う匂いってのは、これだろ」


 ゴソゴソと自らの懐をあさり、そこから小さな袋を取り出した。


「おじさんたちが昔から使ってる虫除けだ。森に生えてる木の葉っぱを乾燥させたやつなんだが、匂いが強くてね」

「……おじさん、それ、ちょっと見せて!?」


 手のひら大の小さな小袋はおじさんの言った通り、持っているだけでもその強い香りが香ってくる。


 鼻を突き抜ける強いレモンのような柑橘臭は、確かに虫の嫌う匂いだろう。


 けれどその清々しくも爽やかな香りは、紛れもなく覚えのあるものだった。


(これって……!)


「これは、おじさんの暮らしている森にだけ生えているんですか?」

「んん? そうだなあ、他の所じゃ今んとこ聞かないかな……」

「ありがとうございます!」

「……? おお」


 この時ほど運命に感謝したことはない。半ば諦めていたところにまさかの僥倖。


(お父様に良い報告ができるかもしれないわ……!)


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