第2話 国が創られた日

 


 建国祭初日は、雲ひとつない青空が広がった。


 ザワザワ賑わう空間。青い空をバックに沢山のバルーンが打ち上がり、紙吹雪が舞う。


 普段は街の大通りとして使われるその場所は、今はいつもの雰囲気はなく、多くの露店が連なり人で賑わうお祭り会場と化していた。


「わあ」


 左右いっぱいにずらりと並ぶ露店に目移りする。


「賑やかね、眺めているだけで気分が上がるわ」

「この辺りにいるのはまだアースガルドの国民よ、王都に立ってるお店が出しているところもあれば、近くの村や町の領民たちが出している露店もあるわ」

「詳しいわね」

「何度かお父様やお兄様に連れてきてもらったことがあるから!」


 そう言って笑うセシルは本当に元気いっぱいで楽しそう。

 一方私はといえば、実は建国祭を回るのはこれが初めてだ。


 私に限ったことではないが、貴族の令嬢の多くはこの騒がしく賑わう場所を嫌って立ち入らない者がほとんどだ。

 人であふれるということは沢山の埃も舞うし、よからぬ輩が潜んでいて、騒動に巻き込まれるという可能性も少なからずある。

 だからこそ好き好んで祭りに参加しようという令嬢はあまりいない。


 何を隠そう記憶を取り戻す前のアヴィリアはそうだった。

 過去、父やセシルが建国祭に誘ってくれたときは「そんな野蛮な所に私が行くわけないでしょ!」と突っぱねたものだ。


 それ以降お声はかからなかった……。悲しいことに他に誘ってくれる友達もいないので、以来建国祭を回る機会には恵まれなかったのだ。


 なのでアヴィリアにとっては今回の建国祭が初参加。

 もともとお祭り自体は好きだけれど、それが異世界のお祭りともなれば、また違うワクワク感がある。

 露店に並ぶ沢山の衣類、小道具。国外から参加している人もいるので、見たことない民族衣装をまとっている人もちらほら歩いている。

 中心の広場で奏でられる異国の音楽。それに合わせて踊る異国の踊り子。


 周りの景色を見ているだけで気分が高揚する。


(日本の出店と全然違う、この漂うファンタジーな世界観……すごい!)


 まるで某ネズミの国ランドに初めて足を踏み入れる子供のよう。

 あそこのお土産物売り場は歩いているだけでも楽しい。まさしくそんな感じ。


「ぴー」

「はぐれないようにねピヒヨ、大人しくしてるのよ?」

「ぴ!」


 肩の上にちょこんと座る小鳥にきちんと言い聞かせる。この人ごみの中はぐれたら大変だ、特にこの子は小さい。


 とは言いつつ、はやる気持ちが抑えきれないのは私も同じ。


「お嬢様、帽子がずれています。きちんと顔をお隠しになられてください」

「おっと」


 テラに言われて慌てて帽子をかぶりなおす。私の薔薇色の髪は少々目立つ。

 ここでヴィコット伯爵家の娘だと知れるのはまずい。


 人のあふれる市場は騒がしさに紛れてスリ等が多発する。

 そんな奴らにとって身なりの良い貴族は格好の的だ。そんな事態を避けるためにも周りに馴染むように庶民の格好をすることが必須なのだが、目立ってしまっては意味がない。


 貴族の令嬢が祭りを嫌うのはこれも原因のひとつなんだけどね。「庶民の服なんて着れるわけないでしょ!?」って。

 言うまでもないが以前のアヴィリアが実際言ったセリフである……。


 私もセシルも周りに浮かないように、今日はメイドに用意してもらった町娘の格好をしている。

 さすがに子供二人は危ないので一緒にいるのはお供のテラ……と、実はちょっと離れた所にヴィコット家とバードルディ家がつけた護衛が数人。


「アヴィーーっ! 肉串食べましょ、肉串!」

「ピピーーーー!」


 ジュワジュワ焼ける肉を前に目を輝かせるセシルはとても貴族のご令嬢には見えない。

 ……これなら変な心配もいらないような気がするが。

 そしてその隣で同じように肉に目を輝かせる小鳥。…………鳥って肉串食べましたっけ……?


「あふいっ、でもおいしいーー!」

「うん、味付けが絶妙」

「ぴふ〜」


 お肉を突きながら沢山の露店を回る。

 食べ物ばかりではなく、反物、ガラス細工、書物。中には見たことがない物もあって、そのたびに立ち止まってしまう。


「ここら辺はもう他の国から来ている人が出しているお店も多いわ、とくに他国の織物や書物は結構人気なのよ」

「本当、あの反物の刺繍、ここら辺では見ない模様ね」


 露店を構える人の中にはアースガルドには珍しい褐色の肌や、髪の色を持つ人が見える。

 どのお店もそれなりに人が並んでいて忙しそうだ。


「国外からのものを自分の目で見て買える機会なんてそうそうないから、お祭りの露店はもってこいなのよね」

「うーん……、できれば食材系か、薬草なんかを置いてある店があればと思ったんだけど……」

「食べ物を置いている店なんてのも、この辺りには少ないわね……」

「それは致し方ないかと……、他国から来る人は時間をかけてこの国に商品を運ぶ必要がありますから、必然的に日持ちするものを選ぶ必要があります。食材などを持ってくる人は少ないかと……」

「あ…………」


 言われてみれば……。

 この世界には車や飛行機なんてものはない。国をまたぐような遠出は、船に乗り、馬車を乗り継ぎながら何日もかけて行うのだ。

 建国祭は一週間という長い期間行われる。その間に痛む可能性のある食材を扱う人はそうそういないだろう……。


(盲点だった……)


 がっくし。

 食材や調味料など、この世界には日本と類似しているものが数多くある。

 この国では馴染みがなくても、外の国ならもしかして……と、ちょっと期待したんだけど…………。


(確かに食材の類いはこういう所には向かないわね……。考えが甘かったわ…………)


 だからといって、外の国にまで直接手を伸ばそうとするなら、どうしてもツテが必要になってくる。

 どのみち十二の子供には甚だ無理な話である。

 がっくし、ふたたび。


「ピピィ、ぴーぴ?」


 うなだれる私をまるで大丈夫? と聞くようにピヒヨが慰めてくれる。

 撫でるようにぽふぽふと頬にあたる羽毛がこそばゆい。


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