第43話 月に秘めた愛の言葉
ざざっ……と風が吹いて夜風が桜を揺らした。月明かりに照らされる桜はとても綺麗で、沈んでいた気分をどこかに拭い去ってくれるよう。
さっきまで感じていた気まずさも、少しだけ和らいだように感じる。
「今夜は夜桜日和ですね」
「月が綺麗だからな」
「ぶふっ」
「なんだっ!」
彼から返される意外な言葉のチョイスに思わず吹き出してしまった。
「す、すみません……っ」
イラついたような声で睨みつけてくる彼に「ただの思い出し笑いです」と素直に謝れば怪訝そうな顔を返される。
「ここからずっと遠い、遠い異国の……、昔のある作家がその言葉で別の意味を表したことがあるんです」
ひどくロマンチストなその作家はありふれた『愛してる』という言葉をそのまま使うことはしなかった。
ストレートな言葉ではなくてもロマンチックに思いを告げる。それでも気持ちは十分伝わるはずだと、彼は考えたのだと言う。
「“あなたを愛しています”と言う言葉を、“月が綺麗ですね”と言う言葉で表したのです。だからその言葉は、愛の告白としても使われることがあるんですよ」
とくにドラマや漫画の中ではよくよく使用される。たしかにロマンチックだもんね。
まさかここで聞くとは思わなかったから、思わずふふっと口元が緩む。
「――――――〜〜あっ!? ば、馬鹿言うなっ! 僕は別にそんなつもりで……っ」
「ふふっ、そんなに慌てずともわかってますよ。ウェルジオ様が知らないことくらい」
異世界の人間が日本人の古い言い回しなんて知るわけないもの。
だから思わず笑ってしまったんじゃない。
「……………………」
心配しなくても勘違いしたりなんかしませんと伝えたはずなのに、何でそんな微妙に複雑そうな顔をするんですかね……。
赤くなったと思えば急に顔をしかめたり、忙しい人だな。
「その後に、また別の作家が“私はあなたのもの”という言葉を、“死んでもいいわ”という言葉で表したんだそうです。……それ以来、この言葉はひとくくりで使われるようになって、“月が綺麗ですね”という愛の言葉には“死んでもいいわ”の言葉で了承を表すと言う流れが生まれたんだそうです」
彼が世に残した小説と同じくらい有名な言葉。でも今となっては愛してると言うよりも、ずっと恥ずかしいんじゃないだろうか。あらためて考えると日本人ってのは割とロマンチストだな。
「はっ、馬鹿らしい、そんな言葉の何が嬉しいんだ」
「あら、ウェルジオ様はお気に召しませんか?」
「思いを告げる言葉に、死んでもいいなんて返されて喜ぶなんて、どうかしてる」
日本が誇る伝統をなんて良い様。これが文化の違いというやつだろうか……。
「そんな物騒な言葉を返されるよりも、“共に生きていきたい”と言われるほうが嬉しいに決まってるじゃないか」
「ぶふふっ」
「なんださっきからっ!」
思わず再度吹き出せば、同じようにイラついた声でギロリと睨まれた。
だって、まさかそんな言葉が返ってくるとは思わなかったんだもの。
「ふふ、そうですね……。ウェルジオ様のおっしゃるとおりです」
きっと、誰だってそう。
「私も…………、大好きな人とはずっと一緒に生きていきたいと思います」
月明かりに浮かぶ桜の花を見上げれば、あの日、両親と見た桜を思い出す。
大好きな人たちと、一緒に生きていられる。
それはきっと、当たり前すぎて気づかないだけで、奇跡のように幸せなことだった。
親孝行らしい親孝行もできなかった娘だけど、二人の娘として生まれたことを嫌だと思ったことは一度もなかった。
そこらにありがちな平凡人生だと思っていたけれど。
(幸せだったんだ……
本当に大切なものは失くした後になってから気付くとは、よく言ったものだとあらためて思う。
私はもう一緒に生きることはできない。何かをしてあげられることは、二度とない……。
でも。それならせめて、せめてひと言だけでいいから。
届いてほしい。
私は元気でいるよ、と。この世界でもちゃんと幸せに暮らしているよ、と。二人のところまで。
たとえ見上げる空が違っても。
二人もこんなふうに、今でも桜の花を見上げてくれていると思うから――――――――……。
――――――――――――――――
誕生日を迎えるたびにセンチな主人公
振り切るにはもうちょっと時間が要るのです。
複雑な心境のウェルジオさん
せめてちょっとくらい照れるとか動揺するとか……ないのか。
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