第40話 パーティーの夜の襲撃

 


「ごきげんようレディ、このような素敵な場でそのような涙は似合いませんよ」


 そう言ってキラリと奥歯を煌かせる少年。


(げっ!)


 さっきのお子ちゃま!

 なんで此処に。


「夜の桜を眺めながらとは風流ですね、隣に座ってもよろしいですか」


 とか言ってる間に何をちゃっかり腰を降ろしてくれてんのよ、言葉は疑問形なのに「?」がついてないぞコラ。

 しかもこういうときに限って、備え付けられたガーデンチェアは横に長い長方形タイプ。なんてこった。


(いや距離が近いっ、なんでそんな近くに座るの!? 幅があるんだからもっとそっちにいきなさいよっ!?)


 あまりの衝撃に涙なんて引っ込んだ。ちょっと前までセンチな気分だったってのに…………何この状況、最悪。今度ルーじぃに頼んで一人掛け用のチェアを作ってもらおうかな……。


「桜の樹を庭に植えられているなんて珍しいですね。ふ、この淡い花は貴女の鮮やかな真紅の髪にとてもよく似合いますよ。桜の下で月明かりに照らされる貴女を見つけたときは、月の女神が舞い降りたのかと思って……、思わず見惚れてしまいました」

「はあ。」

「この立派な桜には及ばないけど、我が家の庭にも多種多様の花が咲いていてね、植物が好きな君も気に入ってくれるんじゃないかな」

「はあ。」

「変わった飲み物が好きだと聞いたんだけど、実は我が家にも父が仕事関係で手に入れた異国のお茶があってね。よければご馳走するよ」

「はあ。」


 お気づきだろうか、さっきから私「はあ」しか言ってない。

 なのに目の前のお坊ちゃんは気づいてないのかなんなのか、聞いてもいないことを喋る喋る。


 いや、月の女神って何? 鳥肌立ったんだけど。

 変わった飲み物が好きって何? 私が好きなのはハーブティーよ。わからないなら言うな。


「植物を自分で育てていると聞いたけど、そんなこと無理にしなくてもいいんじゃないかな? 貴女のこの桜のように白く美しい手が土で汚れたら大変だ」


 いや、キモいわ。

 さりげなく手を取られて手の甲を撫でられた。そういえばさっき同じ場所にくちづけも落とされたっけ。決めた、後で念入りに消毒しよう。


「家の庭も広くてね、花を育てたいのなら、よければ貸してあげようか。使用人も自由に使ってくれていい。土いじりなんて彼らに任せればいいのさ」


 なんでそんな話になった? 別に貴方に貸りる謂れはありませんけど?


「母も君の作ったお茶が好きでね、ぜひ会いたいと言っていたんだ。そうだ! 我が家に招待してあげるよ!」


 そのいかにもいいコト思いつきましたみたいな顔ヤメテ。あげるよってなんだずいぶん上からだなおい。

 いい加減うざったくなってきた。その無駄に整った笑顔がやたらイラつく…………殴っちゃダメかしら。


「我が家のお茶会に招待するよ。父も母も君に会えば喜ぶ、今度立ち上げる予定の企業にも力を貸してくれるさ。どうだい? 悪くないだろう?」

「その手の話は私にされても困ります」


 さすがに問いかけられたら言葉を返さないわけにはいかない。

 無視できるもんならしたいけど。正直無視したいけど!


「お店に関しては、私が出すわけではありません。あくまで出すのは父ですので、その手のお話でしたら父にどうぞ?」


 お店を建てるのも経営するのも、私ではなくお父様だ。そして商品を作るのは生産工場の人たち。

 私のやることは、アイデアを出しそのレシピを作ること。


 経営に対して、子供の私が口を出せることなんて何もない。


「なら、君から伯爵に言えばいいよ。子供たちが手を取り合って企業を大きくしていくなら伯爵だって嬉しいはずさ」


 何故お前と手を取り合わにゃならん。


「それに、上手くいくかどうか不安なんだろう? 心配ないさ、僕がついてる。侯爵家の僕が付いていれば何も不安なことなんてない、そうだろう?」


 ちっ、今度は家柄を出してきたか。伯爵家だからといってずいぶん舐めてくれるわね。


「君を不安にさせるものなんて、僕が追い払ってあげるよ。君はプライベートでも肩身の狭い思いをさせられているんだ。僕なら君にそんなことはしない。君も対等の立場で話せる本当の友人が欲しいんだろ?」

「は?」

「バードルディ家の令嬢といて、いつも息苦しい思いをしてるんだろう? 心が許しあえる本当の友人が欲しいと思う君の気持ち、僕には分かるよ」

「……何、それ……」


 漏れた声は自分でも驚くくらいに暗く、ひきつっていた。


 この男は、何を言っているの…………?



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