第39話 夜桜に想う
「はいそこまで」
「ぐっ……!?」
はいでました、黄金フィスト!
「まったくお兄様ってば、なんでそんな言い方しかで、き、な、い、の、よっ!」
ぎりぎりぎり。
「セ、セセセシル、いいから私気にしてないから! 絞まってる絞まってる!」
「ダメよアヴィ甘やかしちゃ! バカな男はつけあがるわ!!」
妹も辛辣!!
「セシル声を抑えてっ、貴女が変な目で見られちゃうわよ……」
本日の主役と公爵家のご令嬢と言うツーショットに、先ほどからチラチラと視線を感じてはいたのだけど、細腕で兄貴を容赦なくぎりぎりと締めあげるセシルの姿に、視線を送っていた人たちがやや及び腰になっている。
「だいじょーぶよ。アヴィに変な虫が寄ってこなくて助かるわ!」
虫て。
「アヴィをモノにしたいのなら、まずは私を納得させられるような男じゃなきゃ!」
父親か。
「ずーーっと見てたけど、まったくどいつもこいつも馬の骨野郎の分際で馴れ馴れしい……」
もしもし?
「アヴィのことなんてなんっにも知らないくせに、図々しい……、忌々しい、憎たらしい、許せない許せないゆる……」
怖っ!!
人一人石化させてしまいそうなほどに鋭い視線でぶつぶつ呟く姿は、見目麗しい外見も相まってひどくホラーじみていた。
セシル、美少女が浮かべていいタイプの顔じゃないそれ……っ!!
妹のそんな顔を間近で見る羽目になった兄にいたってはすでに泣きそうだ。風もないのにうねうねと蠢く髪がより恐ろしさを演出している。
「セシル、そんなの気にすることないのよ。結婚とか婚約とか、私まだ考えられないし……」
「ほんと!?」
「うーん……。ピンとこない、かな?」
「そうよねそうよね! まだ十二歳だもんね、そんなのまだ早いわよね! お兄様だっていないんだし」
「僕の話はいいだろうっ!」
兄貴、思いもよらぬとばっちり。
と言うか私。こっちの世界で恋愛とか出来るのかしら……?
「ふふ、ウェルジオ様でしたら引く手数多でしょうに」
「見た目に騙されちゃダメよアヴィ。ただのヘタレ」
「おいっ」
そんな話で盛り上がる私たちは、親同士の世間話とはいえ、かつて二人の間に婚約の話があったことなど知らない。
「………………」
「何か?」
「…………べつに」
知っているのは、気まずげに顔を反らした彼だけ…………。
***
「……ふう、疲れたぁーーー……」
笑顔にも挨拶にも疲れてきた私は、客人への挨拶をすべて終えたあと、こっそりとホールを抜け出し桜の樹の下まで逃げてきた。
ここにはルーじぃが用意してくれたガーデンテーブルと椅子がある。一息つくにはちょうどいい。
(しばらく此処にいよう……)
外はすっかり日が暮れ、屋敷の灯もここまでは届かないけれど、ありがたくも今夜は満月。辺りはほのかに明るく、優しい月の光が夜の桜をほんのりと照らす。
周りに誰もいない、貸切の夜桜見物は疲れた心を静かに癒してくれる。
「結婚、か」
静かな空気の中、思わず口から漏れるのは、先ほど親友と交わした会話の内容と同じ。
今まではとくに話題にも出なかったけど、確かにそろそろ考えてもいい年なのよね。まして私は一人娘、家を継ぐために結婚は必要不可欠だろう。いつそういう話が出ても不思議ではない、が……。
(正直、考えられないのよねー…………)
仮に相手を決めるにしても、間違いなく十二歳の自分と同年代になる。
けれど精神年齢のこともあって、アヴィリアにとっての“同年代の男性”は、私の中でどうしても“年下の男の子”にしか感じられないのだ。
(そもそも恋愛対象にすらできてないんじゃ、どうしようもないような…………)
むしろこの状態じゃ、三十代くらいの男性にときめきそうな予感さえするんだけど?
そんな男連れてきたらさすがに父が泣く。ていうか倒れる。
絵面が完全に援交だ。あれ、私詰んでない?
「……ふふっ」
思わず口から笑い声が漏れた。
そういえば『前』にもこんな話、したことあったな……。
あれはそう、こんな風に桜が咲いてて、珍しく私もお父さんも仕事が休みで。家族揃ってお花見に出かけたとき。
“――――咲良、あんたいい加減いい人いないの?”
“――――ええー、そんな人いないよ
“――――何だ何だ、咲良はどんな男が好みなんだ?”
耳をかすめる、今はもう懐かしい声。
“――――できたらちゃんと紹介してね、母さん孫は女の子がいいわ!”
“――――父さんは男の子がいいぞ!”
“――――だからそんな相手いないってば!!”
あたりに響く笑い声。
お母さんと二人で作ったお弁当の味。
お父さんと乾杯したビール。
三人で食べた花見団子………………。
「………………」
――――――ずっと。
ずっと、考えないようにしてた。だって考えたって仕方ないから。
だって、考えてしまったら…………。
逢いたくなる、と。わかっていたから。
「…………っ」
心の中で、ずっと燻っていた想いがある。
私が死んだあと、二人はどうなったのだろう。
一人娘の自分を、とても可愛がってくれていたことを知っている。
でも私は、まだまだ未熟で、大切に育ててくれた二人に同じだけの何かを返すことはできなかった。
親より先に死ぬことは最大の親不孝だと聞いたことがある。親の死に目を見ることは、子供の大切な役目なんだと。
なら私は? そのどちらもできずにいる、私は。
「……とんだ親不孝者もいたものね……」
じわりと目の端に浮かんだ涙を誤魔化すように、私は自分の体を掻き抱いた。
そうしていないと、叫びだしてしまいそうで……。
――――――――……さく、さく。
静かな空気の中、草を踏む足音が聞こえ、眼前に影が差した。
視界に入った男物の靴に、私はゆっくりと視線を上げる。
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