第34話 薔薇好きの婦人



 それは熱を持った気温がすっかり落ち着いて、庭に植えられている木々が徐々に色づき始めた頃のこと。


「ふう……。本当に美味しいわねこのジャム。薔薇でこんな美味しいジャムが作れるなんて知らなかったわ。ローダリア様がおすすめするのも分かるわね」

「でしょう? 最近の私のお気に入りなのよ」


 そうしてふふふと優雅に微笑む。本日、母と一緒にティータイムを楽しむこの婦人が絶賛しているのは私の作ったローズティーに薔薇のジャムを入れたロシアンティー。

 本人が言ったようにこの組み合わせは最近の母のお気に入りだ。


「薔薇の花にこんな楽しみ方があったなんて……。素敵な発見をしてくれたアヴィリア様には本当に感謝しなければ……」

「ふふ、貴女は本当に薔薇が好きね」

「薔薇だけじゃないわ。種類や色、季節によって色々な姿を見せて楽しませてくれる。私はそんな花がとても大好きなの」


 この母の友人は、貴族の間で“華の婦人”と呼ばれているくらい有名な花好きさんだ。

 幼い頃から花が好きで、今彼女が住んでいる屋敷にも愛する妻のためにと彼女の夫があらゆる場所から集めてきた色とりどりの花に溢れている。

 このアースガルドに彼女の住む屋敷ほど沢山の花々に溢れた庭はないと思う。以前遠目に見たことがあったけどそれくらいすごかった。

 まさしく“花屋敷”という言葉がぴったり合う。


 そんな花好きで有名な婦人だが、一番好きなのが薔薇の花らしい。


 だけどその理由が、夫がプロポーズのときにくれたのが両手いっぱいの薔薇の花束だったから、と言うのだからはいはいごちそうさまである。

 さらに聞くところによれば、それ以来毎年結婚記念日になると、婦人のために様々な色や品種の薔薇を庭に埋めてプレゼントしてくれるとかなんとか。あれおかしいな口の中がものすっごく甘い。ジャム入れすぎたかしら……?


 ともかく、そんな薔薇好きの婦人がローズティーや薔薇のジャムの話を聞いて黙っているわけもなく。早速売ってくれとコンタクトを取ってきた。

 何度か買い求めてくれたみたいだけど、今日はお茶会と称して母が招待したので、婦人自らが我が家に足を運んでくれたので作り手として私も是非にと呼ばれたんだけど……。


(こういう席って、ちょっと苦手なのよね……)


 前世でも話好きのおばさんに捕まったり、家に来た両親の友人の話の席に招かれたりなんてことは多々あったけど。


(大人同士の世間話に子供がついていけるわけないし、かといって途中で席を外すのも失礼な感じがしてできないし……)


 どの世界でも大人の会話に子供は入っていけないものである。

 こういう席で子供ができるのは、客人が帰るまでニコニコと時折振られる会話に差し障りなく相槌と返事を返すことくらいだ。

 それがまた地味に気疲れする時間なのだ。しかも今世では伯爵令嬢という立場上、前世のそれよりも頻度が多い。


「このお茶は素晴らしいわ。これのおかげで最近肌の調子がとてもいいのよ。ねぇ、アヴィリア様? このお茶はこれからもお作りになるのかしら?」

「は、はい。そのつもりなのですが……、その、材料の薔薇の花に限りがありますので大量に作ることができず……」

「まあ、そうなの……。残念ね……」

「新しく薔薇を育てようと思っていますので、この先も作ることは可能なのですが……。大量に生産することは今の段階では少々難しいというのが現状です」

「ぜひ何とかしていただきたいわ。……恥ずかしい話なのだけれど、毎年冬になると肌が荒れてとても人前に出られなくなってしまうの。だけどアヴィリア様のローズティーを飲み始めてからそれがだいぶ良くなったの! これからもぜひ愛用させていただきたいわ!」


(なるほど、乾燥肌なのね)


 ほほう。確かにそれは冬は大変。何を隠そう前世の私もそうだったからわかるわかる。

 冬場は夏以上に保湿系のスキンケア用品を使いまくったものだわ、けどさすがにこの異世界には日本ほどのスキンケア用品は揃っていない。

 一般的な化粧水、あとせいぜいクリーム。それも普通肌とか乾燥肌とか、それらに合わせて作られているわけではない。

 きっとこの婦人には、そのスキンケア用品では合わないのだろう。


 なら、化粧品以外の方法で保湿するというのはどうかしら。


「でしたら、薔薇のお風呂を試してみてはいかがでしょうか?」

「薔薇の、お風呂?」

「単純に、薔薇の花びらを浴槽に浮かべるというものですが。それでも十分に薔薇の成分を取り入れることはできます」


 入浴は血行もよくなるし、薔薇を使うことによって美肌成分はもちろん肌の老化を遅らせるという効果も得られる。

 さらにこの薔薇風呂はクレオパトラも使っていたと言われているもの。まさしく美を作るのに相応しい。


「けどアヴィリア? 農薬の類を使っていては良くないという話ではなかったかしら……?」


 セシルの誕生パーティーで大勢の貴族の前で私自身が言ったこと。

 だからこそ自分の屋敷に薔薇の花があるにも関わらず、我が家まで買い求めに来る人が多いのだ。


「その通りですわお母様。ですが、それはあくまで“食用”として使用する場合のみです。使う前に花びらをよく洗って薬や余分な汚れなどを落として浴槽に浮かべれば問題はありません。婦人、よろしければ一度試してみてはいかがでしょう? 薔薇に含まれている美肌成分でお肌がプルプルになりますよ?」

「まあ!!」


 それを聞いた婦人の行動は早かった。

 まるで水を得た魚のごとく瞳を輝かせて颯爽と自宅の屋敷に帰っていった。きっと今夜にでも早速試してくれるだろう。良かった良かった。




 ところで。

 実は私の話に瞳を輝かせていたのは婦人だけではなく…………。


「アヴィリア! その話、詳しく!!」

「うぃっす!」


 強い力で肩をぐわしッと掴まれ(がし、ではない。そんな生易しいもんじゃなかった)獲物を見つけたハンターのごとく鋭い眼差しで射抜かれれば脆弱なウサギに逃げる術などなく。

 いつのまにか後ろに控えていたメイドたちからも同じような目で見つめられ、まるで尋問を受ける捕虜のごとく、私は素直にゲロるしかなかった。




 ***




 後日。

 華の婦人からお手紙と一緒に荷台いっぱいの薔薇の苗木が私宛に届いた。


 婦人からの手紙には、素敵な発見をありがとう。早速試してみたところ肌がとても潤って大変満足したと。愛する夫からも一段と美しくなったようだとのお言葉をもらってとても嬉しかった。貴女のおかげですと。

 沢山の感謝の言葉が並べられていて。


『これからも多くの女性の幸せのために役立ててくれることを願って、心ばかりのお礼です。』


 そんな言葉で締めくくられていた。


「ほうほう、いやーさすが華の婦人。いい苗木じゃ。これは綺麗な花が咲くぞ、しっかり育てねばのぅ!」


 送られた苗木はルーじぃも絶賛するくらいのしっかり根付いた立派な大苗で、ずっしりと重量感があった。

 時期的にはこれから植えるのにぴったりなもので、今後を見越して私自身も検討していたものだからもちろんとても嬉しいのだけど。

 ここまで立派な苗木、しかもこれほどの量を手配するのはそう簡単ではないし時間だってかかるはず……。


(これ、本当は婦人の屋敷の庭に植える予定のものだったんじゃ…………?)


「いいのかしら……、こんなに沢山頂いてしまって。私そんなたいしたことしてないのに…………」

「華の婦人にとっては十分たいしたことじゃったということじゃろうな」

「…………」

「そう思うのなら、この薔薇を立派に育てることじゃ。立派な花を咲かせて、ご婦人の願い通り人のために役立ててみせる。それが一番じゃぞ」

「……うん。そうね」


 きっと私が薔薇を新しく育てようとしていると聞いて、それでこれを送ってくれたのだろう。


(ありがとうございます、婦人)


 必ずや役立ててみせます!


「ルーじぃ、手伝って! 早速温室に持って行きましょう!」

「ほいきた!」




 こうして私の温室の一角に薔薇のエリアが出来上がった。

 暖かくなったらきっと綺麗な花を咲かせてくれることだろう。


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