第33話 桜の髪飾り

 


(どうしよう、気まずい……)


 少しばかり重い空気が流れる。

 その微妙な気まずさに何て声をかければいいのかわからずにいると、幸いなことに、彼のほうから口を開いた。


「おい」

「……っは、はい?」

「やる。受け取れ」


 そんなぶっきらぼうな言葉とともに投げ出された『何か』。


「わわっ」


 勢いよく眼前に飛び込んでくるそれを慌ててキャッチした。

 ほぼ条件反射で受け止めることはできたが、顔にぶつかりでもしたらどうしてくれるのか。

 あまりの扱いに少々文句を言いたくなった。

 けど、そのせいで空気がさらに悪化しても自分が気まずい思いをするだけだとわかっているので、ぐっとこらえて視線を手の中に移した。


 文字通り投げ渡されたそれは、両手に収まるほどの繊細な装飾が上品に施された、黒い小箱。


「あの、これは……?」

「我が家が昔から贔屓にしている装飾屋でたまたま見つけたものだ」


 ぱかりと蓋を開けば、そこには桜の花を模した綺麗な髪飾りがひとつ、上品に納まっていた。


「その、ハーブとやらはそもそも父上からの詫びの品だからな。父上に任せて僕が何もせずにいるというわけにはいかないだろう。……聞けば、それは君の好きな花だそうじゃないか。ならちょうどいいと思っただけだ」

「…………」

「もっとも、君はそんなもの、すでにいくらでも持ってるみたいだけどねっ」


 いらなければ返せと矢継ぎ早に言葉を紡ぐ、そっぽむいた彼の表情は私からは見えない。

 けれど、プラチナブロンドの隙間から微かに見える彼の耳元は、先ほどとは比べようにならないほどに紅く染まっていた……。


(――――――――……うそだ)


 だって、ありえない。


 バードルディ公爵家行きつけという事は、それこそ王家の人間が使っていてもおかしくない由緒正しい場所のはず。

 王都で流行りの最先端を行くだろうそんな店が、こんな時期外れの季節の花を模した物を置いておくなんて……。そんなこと、あるはずない。


 だから。

 だから、これはきっと…………。


 私は両手に収まる小さなそれをきゅ、と握りしめる。


「……ありがとうございます。大切にしますね」

「……別に。公爵家の人間として義理を果たしただけだ。深い意味はない!」


 決してこちらを見ようとはせずに、けれどその耳元はいまだ紅く染めたまま、ぶっきらぼうに放たれる言葉に思わず口元が緩んだ。


 小箱の中からそっと髪飾りを持ち上げる。

 窓から差し込む陽の光に反射してキラキラとプリズムを放ちながら煌めく桜の華。


(綺麗……)


 淡い白色に輝く石を削って作られただろうそれはよく見れば薄く桃色がかっていて本当に桜のような色をしていた。その下から流れるニ本の金鎖の先には雫型の飾りがついていて、動くたびにシャラシャラと音を立てるのがとても可愛らしい。

 花の中心と本体の周りにさりげなくあしらわれているものは、パールだろうか。

 それらが土台となる繊細な刺繍を施された黒いリボンの上に乗せられている。


(可愛い……)


 元日本人の私からすれば、桜の花はどうしても和風のイメージが抜けきらないが、この髪飾りにはそんな雰囲気は全く無く、ドレスにもきっと合うだろうと思われた。

 なにより、この髪飾りのコントラストは自分の紅い髪にはきっと映えるだろう。


 一生懸命、選んでくれたんだろうか……。


(そういえば、男の人に装飾品を送られるのなんて……初めてだわ)


 前世でも色恋沙汰に無縁だった私。当然そんなものを送ってくれる彼氏だっていたことはなかった。


「ウェルジオ様」


 私の呼びかけに彼がこちらを振り向く。

 そのまま、私は送られた桜で髪を飾った。


「どうでしょう? 似合いますか?」


 男性からの初めての贈り物に、何とも言えない歯がゆさを隠すように、誤魔化すように。


 私は目の前の少年に微笑んだ。









 ――――――――――ゴツッ!!



 ものすごい派手な音がした。


「うぇ、ウェルジオ様!? 大丈夫ですか!?」


 私の見間違いでなければ自らテーブルに思いっきり頭を打ちつけたように見えたけれど!?

 突然の奇行!? なんなの? 見るに耐えないくらい酷いってことなの!? さすがに失礼じゃない!?


「し、しっかりしてくださいっ、顔があか……」


 テーブルに張り付いたままプルプル震えていた彼は、ガバッと勢いよく顔を上げると今日一番の大声で吐き捨てた。


「そ、そんな下人みたいな服を着て似合うも何もあるかっっ!!」

「あ」


 そういえば私。汚してもいいようにジャージ姿だったわ。(しかも適度に汚れている)

 うん。確かにこれは見るに耐えないわね。



 頭どころか顔全体を真っ赤にしてそっぽを向く彼を尻目に、これは失敗だったわねと考えて、私は小さく笑った。







――――――――――――――


アヴィリア

 実は恋愛経験ゼロ。プレゼントの真意は察せても男心は察せない。


ウェルジオ

 突然の不意打ちに撃沈。まだまだマウント取りたいお年頃。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る