第32話 少しずつ縮まる距離
「おい、今日の分、此処に置くぞ」
ウェルジオはそう言うとハーブの苗をたくさん敷き詰めた籠をそっと地面に置いた。
「いつもありがとうございます。ウェルジオ様が届けてくれるハーブはいつも立派で助かります」
「…………まったく、なんで僕が草運びなんて……」
「あら、それがお詫びの条件だからでございましょう?」
「……」
毎度ぶちぶちと文句を言いながらも、彼は決して途中で投げ出したりせずにこうして何度も足を運び、律儀にきちんと届けてくれる。
苗を雑に扱う事もないし、今だって土が崩れてしまわないように丁寧に運んでくれている。
生意気で嫌味がましいところが少々目につくが、彼はとても真面目な人だ。
「ですが、もう十分ですわ。今日の分でお終いにいたしましょう」
「……もういいのか?」
「ええ、ウェルジオ様のおかげで大分集まりましたから。何度も足を運んでくださってありがとうございます」
「…………別に。礼を言われるようなことはしていない」
(あらあら)
照れたようにぷいっと顔を逸らす彼の行動は、大人ぶった態度や言葉遣いとは対照的に年相応のそれだった。
(考えてみれば、彼はまだ十三歳なのよね……)
大人ぶりたい。見栄を張っていたい。そんな年頃の少年なのだ。
「……本当にこんなものでいいのか? 父上も遠慮するなと言ってくれているんだ。たとえばもっと……服とか宝石とか……」
「いりません。服もアクセサリーももう十分です」
腐っても伯爵令嬢。普段着からよそゆきのドレス、それに合わせた装飾品の数々まですでに数えきれないほど持っている。
どんなものがあるのか自分でも把握しきれないほどだ。
小さなジュエリーボックスに少々のアクセサリーを詰め込んでいた前世からしてみればもう十分すぎるくらい。
しかもそれらの品ひとつひとつがお高い高級品だというのだから尚更だ。
「…………」
だが、どうやら彼はそんな私の返答にいまいち納得しきれないらしい。むす、とした顔で黙り込んでいる。遠慮でもなんでもなく本心なのだから本当に気にすることはないのに。
生意気な態度をとるわりに根が真面目な少年の顔を見上げれば、男の割にはきめ細かい綺麗な肌からポタリと汗が一つ滴り落ちた。
空調の効いた温室の中にいた私とは違って、彼は夏の炎天下の中ここまでハーブを運んで来てくれたのだ。
「ウェルジオ様、とりあえずこちらにおかけください。今、何かお飲み物をお出ししますわ」
父から送られたこの温室には、いろいろな作業がしやすいようにと様々なものが備え付けられている。小さなキッチンに面したカウンターテーブルもそのひとつ。
促されるままに彼が腰掛けたのを確認して、私はグラスをひとつ取り出した。
(まずは水分補給ね……。別に水でも大丈夫だけど…………)
私は少し迷ったあと、最近はずっと作り置きしてあったミントティーをグラスにそそぎ、そっと彼の前に差し出した。
「こちらをどうぞ。よろしければご賞味くださいませ」
「なんだこれは?」
「飲んでみてくださいな、すっきりしますよ」
「…………君が作ったのか」
やっぱり飲んではくれないか…………。
見るからに訝しげな彼の様子にやはり失敗だったと悟る。
私は急いで代わりのものを準備しようとグラスに手を伸ばしかけて…………、触れることなく空を切った。
引き下げようとしたミントティーの入ったグラスはすでに彼の腕の中で、彼はほんのり色付いた液体をジロジロと眺めたあと、恐る恐る、それを口に含んだ。
「…………うまい」
ぽそりと呟かれた言葉に、心底驚いた。
「……ミントティーと呼ばれるハーブで作ったお茶なんです。ウェルジオ様に頂いたペパーミントで作ったんですよ」
「あれか………。なんか口の中がスーッとしてきたような……」
「ミントにはメントール成分があるのでそのように感じるんです。ウェルジオ様、もしよろしければこちらもお使いください」
そう言って私が差し出したのは、濃いめに煮出したミントティーに浸して絞り、そのまま冷たく冷やしておいたタオル。
これを顔や体に当てるとペパーミントの清涼感を感じて夏場にはとても気持ちがいいのだ。
「おお……っ」
「いかがです? 暑さに火照った体には最適でしょう」
今度は迷うことなく受け取り、タオルに顔を埋める姿に、どうやらお気に召したようだと安心する。
誕生パーティーでの様子を思えば、こうして手をつけてくれるだけでも大進歩だ。彼とはハーブを運んでもらう過程で自然と顔を合わせる機会も増え、言葉を交わす機会も増えたけれど。
(少しは、受け入れてもらえたと思ってもいいのかしらね……?)
だとしたら嬉しいのだけど。
「どちらも今我が家でとても活躍中なんですよ? 本当にありがとうございます」
「……どうして君が礼を言うんだ」
「バードルディ家からミントをもらえるおかげで作れているんですもの」
「……」
あら、また黙ってしまった。
何か気に障るようなことでも言ってしまったかしら。
少しは歩み寄れたかと思っていた手前、この反応は少しばかり不安になる。
自分は、何か失敗したのだろうかと。
十三歳の少年を相手におろおろする自分は、とてもじゃないが大人の威厳なんてものは微塵もなかった。
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