第27話 素直じゃない言葉



(とにかく結果を出すためにも、公爵からハーブが届いたら早速ハーブティーを入れてみたほうがいいわね……。一度お父様に実物をきちんとお見せして…………)


 今後の計画をつらつらと考えていると、温室の扉が叩かれ、テラに連れられたセシルが姿を現した。


「あら、いらっしゃいセシル」

「ごきげんようアヴィ。…………驚いちゃったわ、こんな温室いつのまにできたの?」

「ほ、ほほほほほほ」


 物珍しそうにキョロキョロと温室を見渡すセシルに乾いた笑いしか出てこない。


「ふっふっふ、実はねアヴィ、今日はゲストがいるわよ」

「あら……!」

「やっと引っ張ってきたんだから!」


 セシルに腕を引かれて温室に入ってくる影。

 むすっとした顔を隠しもしないその人物は、紛れもなくウェルジオ・バードルディその人だ。


 誕生パーティー以来の邂逅だった。


 正直驚いた。彼がこの屋敷に……、というより私の前に進んで足を運ぶのはおそらく初めてだ。彼はずっと、私と関わることを避けていた。


 あのパーティーでも、仲良くできていたとはお世辞にも言えない。むしろあの日をきっかけに余計嫌われたかなとさえ思っていたのに。


「父上の使いで来ただけだ。…………君の言っていた草を持ってきた」

「ああ!」


 なるほど彼が持ってきてくれたのか。なんというタイミング、さっき考えてたものが早速作れるじゃないっ!

 ……って公爵様、息子にそんな運び屋みたいな真似させたんですか……。


「わざわざありがとうございます。ウェルジオ様が運んで来て下さったんですね?」

「この暑い中、庭の雑草駆除をする羽目になった」


 訂正。ハーブの採取も彼がやってくれたらしい。


「そ、それは本当に、ごくろうさまです……」

「とりあえず受け取れ。それで足りなければまた持ってくる」

「はい! わざわざありがとうござい、ま……す……」


 ズイッと突き出された大きめのバスケットには、確かに私の頼んだ通りのハーブがもっさりと入っていた。確かに入っていた、けども……。


「………………」

「…………なんだ? 間違えていたか?」

「いえ、そうではないのですが……」


 欲しいといったハーブの特徴は前もって伝えていたので間違ってはいない。いないけど。


「じゃあなにが問題なんだ、言わなければ分からないだろう」


 わざわざ暑い中採取して運んできてくれたのに微妙な顔をされれば気分も悪いだろう。

 気持ちは分かる、が。この状態はちょっと、ない。


「……では、失礼ながらひとつお願いがございます」

「ふっ……今頃になって別の物が欲しくなったのか……? 初めから素直に言っていればいいものを……。草が欲しいだなんておかしなことを言うから余計な手間をっ、――……っっ!?」

「……?」

「…………いや、なんでもない。………………で、何が願いなんだ」


 お馴染みの嫌味口調で捲し立ててきたかと思えば、彼は私の背後を見て突然顔色を変えた。

 はて、後ろに何かあったっけ? と振り返ってみても、そこにはいつもと同じ笑顔の親友がいるだけ。一体何にそんなに驚いたのか、もう一度向き合ってみるも、何故か胃を抑えている彼によって話を戻されてしまった。


(……????)



 ――――――私は知らない。

 私の背後で嫌味を放つ兄に向かって妹がまるでこの世のものとも思えない顔をして中指を立てていたことも。

 そして私が振り返った途端、そんな顔してませんとばかりにいつもの笑顔に素早く切り替えていたことも。



「次回からは葉っぱだけでなく、お願いしたいのですが……」

「は?」

「ですから、私が欲しいのは葉っぱではなく、根っこの付いた苗なんです」

「そんなもの貰ってどうするんだ…………?」

「植えて育てるんですが?」


 何を言われているのか分からないといった顔の彼にきっぱりと告げる。

 そもそもバードルディ公爵にはそのように伝えたはずなんだけどな。

 彼に渡されたバスケットの中には確かに私の頼んだレモンバームとペパーミントが入っていた。


 庭に生えている草が欲しいと言った言葉通り、そのままぶちぶち摘んできたんだろう。ニ種類のハーブが見事に葉っぱの部分だけ、ごちゃごちゃに敷き詰められている。


(さすがにこれはないでしょう…………)


 これじゃあ挿し木さえできないし、混ざってしまっているのでまずは分別からしないといけない。園芸なんてやらない男の子にはそういうのは分からないのかもしれないけどさ。


「この温室の土間に植えたいんです。私の知るかぎりバードルディ家の庭にしか生えていないので、育てるには根っこから移し替える必要があるんです」

「…………そんなことをしたら土で汚れるぞ」

「……? 植えるのですから当然では?」

「………………」


 私、何か変なこと言った?


「とにかく、次回はそのようにお願いできますか?」

「………………分かった」


 ほ。これで話は終わり。


「………………」

「………………」


(…………――――――いや、なに!?)


 そのまま立ち去るかと思いきや、彼は口を閉じて目の前にじっと立ったまま動かない。

 彼が下がらないので私も立ち去ることができず、二人の間になんとも気まずい空気が流れた。


「お、に、い、さ、ま?」

「……ぅ」


 そんな兄の姿に痺れを切らしたのか、セシルが硬い声で呼びかける。

 それにようやく覚悟を決めたのか、彼はキッと顔を上げて口を開いた。


「……先日は、その……」

「はい?」

「……す」

「…………?」

「す、……ぁ、…………あの態度はなかったと思っているっ!!」


「……………………」


 訳:失礼な事をしました、ごめんなさい。


 ……ということでしょうかね?

 つまりこれはあれかな。先日のパーティーでの態度を謝っている、のか……?

 これを謝罪の言葉と受け取っていいのか多少微妙だけれども。


 胸をそらしてふんぞり返っている姿はどう見ても謝罪する態度ではないが、彼の顔は隠すこともできないくらいに真っ赤に染まっていて、それを必死に明後日の方向に逸していた。


(うわ、………………かっわ……!!)


 なるほどこれがツンデレか。生で初めて見たよ。本当にいるんだこういうタイプ。

 前世で見たドラマや小説の中にも一人はこういうキャラがいて、そのときはとくに何とも思わなかったけど、目の前でやられると確かにちょっとこたえる。

 ツンデレキャラが人気ある理由を身をもって知った。これは意外に可愛いかもしんない……。


 人生初、しかも二度目の人生の異世界でいわゆる萌えというものを初経験した私は、心の中で密かに悶えていた。



 しかし忘れてはいけない。今この場にいるのが自分たち二人だけではないということを。


「〜〜〜〜っ、そんな謝罪の仕方がありますかあああぁぁっっ!?」


 セシルの怒鳴り声と共に彼女の拳が火を吹いた。


 華麗に宙を舞った兄貴は赤い顔から一変、白目を剥いて真っ青に代わり温室の土の上に転がった。


(セシルさんたら、相変わらず鋭い拳…………)



 その後プリプリと怒ったセシルの機嫌を必死に取ろうとしてるウェルジオの姿を見て、前世でも今世でも一人っ子の私は、お兄ちゃんも大変なんだなとしみじみ感じた。


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