第26話 ハーブと温室



 こうして父に背中を押された私は、改めて『ハーブ』というものがもたらす効果について二人に説明した。


 ハーブという概念自体がこの世界にないせいで、伝えることは難しかったが、ハーブはいわば薬草の一種。

 バードルディ邸の庭で見つけたレモンバームやペパーミントのように、認識されていないというだけできちんとこの世界にも自生している。

 ハーブ自体、その独特な香りも楽しみのひとつなので、さっぱりしたもの、甘いもの、またはスパイシー系なものなど強い匂いを感じるものが多い。


「ふむ。匂いか…………。それなら、あの森にもそんなものがあったと思うが……」

「本当ですか!?」


 私が前世を思い出すきっかけとなった湖のある森。

 屋敷の使用人なんかがよくお供え物を持って行っているらしいが、湖で溺れて以来、私がその森に行くことを父も母もあまりいい顔はしなかったのであれ以来行くことはなかったのだけれど、まさに灯台下暗し。

 というか一年経った今でもお供え物を供えに行ってるってどんだけよ……。


「君のお眼鏡にかなうものかどうかは分からないが……」

「あの、できれば持ち帰って、庭に植えられたらと思うのですけど………」

「まあ、お庭に……」


 私の言葉にピクリと反応したのはお母様。


(う、やっぱりダメかしら……)


 綺麗に整えられたお庭はその家の大切なバロメーターのひとつ。美しく立派な庭を持つということは、その家が立派だという無言のアピールのようなものだ。

 門から見えるお庭は一番他者の目にも触れやすい場所の為、大切な玄関口のひとつとなる。

 そんなお庭にただの草にしか見えないようなものを植えるのは外見上よろしくない。


「うーん……、ビニールハウスでもあればいいんだけど……」

「びに……?」

「あ、えっと……温室のことです」


 外からは見えにくいし虫などの被害も少ない。一年を通して安定した栽培ができて、中の気温を調節することで栽培時期を多少動かすことができるという利点もある。


「なるほど、温室か……その手があったな」

「いい案ですわね」

「!?」


 ニヤリと笑みを浮かべる両親の顔を見て、やばい火をつけたかもしれないと思ったがすでに後の祭りだった。






 ――――――――――それからわずか半月余り。



「こんなものでどうだ娘よ」


(おぅふ)


 目の前にででんとそびえる小さな建物を前に私は声もなく絶句した。


(作っちゃった……。作っちゃったよ本当に。しかもやたら立派な温室が……!)


 簡易的なビニールハウスでもできればラッキーとでも思っていたのに、出来上がったそれは私の想像以上に素晴らしくご立派なものだった。


 正面からの外装は小さな小屋のように見えるが、ぐるりと回れば裏側は陽当たりをよくするガラス貼りのサンルーム形式になっていて、下はきちんとハーブが植えられるように土が敷き詰められ土間が作られている。

 そして私がよく食べ物として作るからだろうか、中には小さなキッチンも作られていて、器具一式はもちろん立派なカウンターテーブルに椅子まで設置されていた。


(なんか、見たことあるぞ…………コレ……)


 あれだね。前世でよく行ったハーブ園とかのお店。『お店で育てた採れたて新鮮なハーブをそのまま美味しく調理して提供致します♡』な感じでやってるアレ。


(これ個人宅の庭に作るようなもんじゃないよね!?)


「これをアヴィリアにあげよう。君の好きに使いなさい」

「ほわっつ!?」

「とりあえず必要だと思うものは準備したが、他に入り用があれば言ってごらん」

「ま、待ってくださいっ! こんな立派なもの、私には…………」

「もう作ってしまったよ。君が使わなければこのまま無駄に朽ちるだけだね」

「うぐっ」


 逃げ道はない。


 はははははははと、爽やかに笑う父はさすが娘の性格をよく理解していらっしゃる。

 私が断れないようにしっかり外堀を埋めてきている。


 ふと、父の後ろで一緒に温室を見上げていたルーじぃと目が合った。


『もらっておきなさい後がうるさいから』

『……ええそうですね』


 以上、視線での会話終了。


「…………ありがとうお父様。大事に使わせていただきますね!」

「娘よ!!」


 にっこり笑ってお礼を言った瞬間、ぱあっと顔を明るくした父にぎゅーっと力いっぱい抱きしめられた。


(最近ルーじぃや使用人の皆とばかり一緒にいたからなぁ…………)


 その反動だろうか。父の子煩悩に磨きがかかっているような気がする今日この頃です。

 お父様。後ろでルーじぃが呆れてるよ?



 しかし、こうなったからには無駄にはできまい。

 せっかくなんだから有効活用したい所。


 私の『ビニールハウス』の話をもとに作られた温室は空調も整っているし暖房設備も完璧で冬も安心という便利設計。

 さらに建物の色合いは淡いものを基準としており、備えられている家具や器具も可愛らしい女の子向けになっている。入り口のドアや柱等、所々アクセントのように掘られている模様は私の好きな桜を模してあって、明らかに使用するのが『私』だということを想定されて造られている。


 コレがわずか半月足らずというスピード設計ですか…………。


(これを作るために一体どれだけのお金が…………)


 ぶるり。寒気が。

 いや考えるのはよそう、なんか怖くなってきたし…………。


 ともかく、ハーブを育てるためにこれ以上もない良い場所が手に入ったのは素直に嬉しい。

 バードルディ公爵の計らいでハーブの目処は立っていることだし、これから暑さも増していくことを考えると是非ともミントを使いたいと思っていたところだし。


(ミントティーは外せないし、ハーブを使った料理も色々あるし……、あとは冷湿布、防虫剤も作れるわね!)


 厨房で仕事する料理人や、庭で作業するルーじぃにはいいかもしれない。

 メラリ、燃える。


(んふふふふっ、楽しくなってきたわ……!)




 …………と言うかぶっちゃけ。

 もうここまでしてもらったら、ある程度結果を出さないと逆に申し訳ないと言うか…………逆に怖いわ。


(前世みたいにハーブティーが飲めたらいいなと思っただけなのに……、なんでこうなったんだろう…………?)


 肩にずっしりとのしかかってくる責任という重みに私は思わず遠い目になった。


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