第22話 少年はかく語りき 1
「ウェルジオ、今日はもう戻ってよろしい。明日きちんとセシルにも謝るんだぞ」
「…………はい。父上」
パーティーでの非礼な態度を散々叱られ、たしなめられ。
気落ちしたまま自室に戻り、僕は着替えもせずにベッドにぼすりと倒れこんだ。
「くそ……」
散々な一日だった。
セシルの誕生パーティーを騒がせ、嫌な注目を浴びたうえに、無様な姿を大衆の前に晒した。
そんな自分にセシルは完全に怒り狂い、部屋に閉じ籠ったまま、いまだ出てきてくれない……。
「……くそっ」
こんなことがしたかった訳じゃないのに……。
自室の天井を睨み付けながらやりきれない苛立ちをうまく吐き出すこともできずに、意味のない悪態ばかりが口から漏れた。
クシャリと力任せにかきあげた髪が引っ張られて、少しの痛みを招く。
そんな痛みをかき消すように、数年前の記憶が脳裏によみがえった。
――――――あれはたしか、僕が十歳のときだったか。
「婚約者? 父上、僕はそんなものいりませんっ!」
「まあまあジオ、そういう話があると言うだけだよ。私の若い頃からの友人の娘でね。君よりも二つ下の娘だが、セシルと同い年の子だから近々合わせようと思っていたんだ」
妹のセシルは現在八歳。そろそろ家族以外の交流も必要だろうと考えた両親が友人候補にと白羽の矢を立てたのが同い年の親友の娘だったわけだ。
「それで何故僕の婚約者なんて話が出るんです?」
「話の流れでそんな話題になっただけだ」
迷惑な話だ。
「まあコレはあくまで親の希望だ。強制的なものじゃなくて、“そういう話がある”と言うだけだ。来月のお茶会に連れて来るそうだから、とりあえず仲良くしなさい」
「はぁ……」
父上の友人の娘。妹の友人候補。それがあいつだった。
別に興味なんてなかった。婚約者なんてものを作るよりも友人と乗馬をしたり剣の稽古をしているほうがずっと楽しかった。
大人たちの戯れ話であって強制力がないということに正直ほっとした。
父上的にはその娘にはセシルの友人になってほしいというのが一番のようだったし、僕はそこまで関係ないだろう。
(会うだけ会って、あとはセシルに任せよう……)
なんて投げやりに考えていたのが悪かったのか。
そうして会ったあの女は、とんでもない奴だった……。
「はじめまして、ウェルジオさま。わたくしアヴィリア・ヴィコットといいますの。今日は会えて嬉しいですわぁ」
甘ったるい口調でしなを作り、馴れ馴れしく腕を絡めてすり寄ってくるその女を心底汚らわしいと思った。
口うるさい家庭教師、父上母上以上に厳しい世話係のばあや。苦手な大人は何人かいたけれど、自分よりも年下の少女に対してここまで思ったのははじめてだった。
人間は生理的に受け付けられないものには全身で拒絶反応を示すものだと僕はこの日身を持って学んだ。
妹の友人にという名目で呼ばれたくせに、隣にいる妹には目もくれないどころか、その存在をないもののように振る舞う。
貴様仮にも伯爵令嬢だろう! 公爵家の人間に対してなんて無礼な!
(あり得ない……っ。こんな女を僕の婚約者候補にとお考えなのですか父上!?)
断 固 拒 否 だ !!
本気で勘弁してほしい。絶対に嫌だ。
隣で妹が驚愕を浮かべた顔でその女をじっと見ていることになどまるで気づかず、この女とは今後一切関わらないと心に決めた。
もちろん僕は妹からもこの女との関わりを断つつもりでいた。
こんな女が友人だなんて、セシルだって嫌に決まってる。
そんな考えに確信を持っていた僕にとって、よもやセシルのほうからこの女に近寄るようになるなんて、完全に想定外だった。
それでもセシルがいいなら、父上が考えたように友人として上手くやれているなら、多少性格に難ありでも別に問題はなかった。
なのにあの女は、ことごとくセシルを邪険に扱ったのだ。
『ちょっと! 何でいつもあんただけなの!? 私はウェルジオ様に会いたいの! 連れてくるくらいしなさいよ! 気の利かない女ね!』
『鬱陶しいわね! 公爵家の令嬢だからっていい気にならないでよ。あんたなんて家柄がなきゃただの小娘なんだから!』
『うるさいうるさいうるさーーい!! 私の言うことにあんたごときがいちいち口を挟まないで!』
妹の付き人から聞かされるあの女の情報はひどいものばかり。
忌々しい……。身の程をわきまえていないのは貴様のほうだろう!
「セシル、もうあの女に関わるのはよしたほうがいいんじゃないか?」
何度訴えても、セシルは関わることを止めなかった。いつもどこか焦るように、縋るようにあの女に会いに行くセシルが心配だった。
セシルはあの女の何がいいんだ。セシルが大人しいのをいいことに邪険に扱う、あの女の。
忌々しくて仕方なかった。
だから、あの女が湖に落ちて意識不明だと聞いたときは、本気でざまあみろと思ったんだ。セシルをないがしろにするからバチが当たったんだと。
むしろこのまま目を覚まさなければいいのにとさえ…………。
そんなことを考えていた僕は、血相を変えて飛び出して行った妹の姿にようやく我に返った。
(――――――……僕は今、何を考えた?)
仮にも妹の友人にむかって。
僕にとっては受け入れがたい存在でも、セシルにとってはあんなにもなりふりかまわずに飛び出していってしまうような相手なのに。
思ってもいなかった自分の醜さを知って愕然とした。
飛び出していったセシルが、出て行く前の鬼気迫る表情とは一変して清々しい笑顔で帰ってくるまで、僕はずっと自己嫌悪で部屋から出られなかった…………。
そんな出来事から数日経った頃、僕はセシルから思いもよらぬ提案をされた。
「お兄様、私これからアヴィのお見舞いに行こうと思うの。良かったら一緒にまいりません?」
「あびー……?」
「やだ、お兄様ったら! ふふふ。アヴィよ、アヴィリア・ヴィコット伯爵令嬢!」
頬を緩めて嬉しそうに話す妹の姿を、僕は信じられないような目で見た。
妹は決してバカじゃない。僕があの女を嫌っていることも、自分が僕に合うダシにされていることも理解していたはずだ。婚約話がさらりと流れて、僕がどれほど安堵したことか……。
分かっていたから、二年前のあの出会いから、ただの一度もあの女に会おうとしない僕に、会合を求めたことなんて一度もなかったのに。
詳しい話を聞けば、どうやらあの女は湖で溺れたときに慈悲深い湖の精霊の力でキレイに浄化され、性格が豹変してしまったというではないか。
なんということでしょう。
性格のひん曲がった性悪最低令嬢は穏やかにころころ笑う優しい淑女にビフォーアフター。
いまだ療養中の彼女は見舞いに行くセシルを喜んで迎え入れ、いつも楽しくお菓子を食べながらおしゃべりするという…………――――――。
………………え、……それなんてフィクション????
「セシル。何か悪いものでも食べたのか? 大変だ、今すぐ医者を……っ」
「ちがうわよっ!」
「父上、母上ーーーーっ!!」
「ちょ、お兄様ってばーーーーっ!」
信じなかった。
セシルの頭を本気で心配して大騒ぎした。落ち着くのに半日はかかった。
そのときはそのまま話も流れてしまったが、何故かそれ以来、セシルはヴィコット邸に赴くたびに、必ず僕にも声をかけるようになった。
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