第21話 とある少女は決意する
「お兄様のバカバカバカバカバカバカバカああぁーーーーっ!!」
「セ、セシル……おちつ」
「バカ! 根性なしっ」
「おお、おま、お兄ちゃんに向かって……」
「うるさいヘタレ!!」
「ヘタレっ!?」
心の底から言い捨てると私は兄の前を飛び出してそのまま自室に閉じこもった。
ドアの前でまだ何か言ってるお兄様の声が聞こえるけど、そんなの知ったこっちゃなかった。
ぼすんとベッドの上に飛び乗って、枕に顔を埋める。そうしていないとまた口から罵声が飛び出してきそうで。
(お兄様のバカ! ばかばかばかばかばか! アヴィにあんなこと言って、嫌われちゃったらどうするのよ!?)
あの後、パーティーはつつがなく終わり、彼女も両親と一緒に帰っていった。
馬車の中からこちらに向かって手を振る姿からは、とくに気にした様子は見られなかったけど、彼女の中で兄の印象が下がったことは間違いないだろう。
――――――……それじゃダメなのに。
アヴィリアの記憶が戻ってから、私は何度か彼女と兄を合わせようとした。それは兄の中にある彼女の悪い印象をどうしても払拭したかったからに他ならない。
今のアヴィリア・ヴィコットを知れば。そうすればきっと、二人の仲は決して悪いものにはならないと思ったから。
今のアヴィリアは小説の中の悪役令嬢とは違う。
暖かくて穏やかで、屋敷のみんなからも大事に愛されている素敵なお嬢様だ。
だからきっと小説通りの未来は来ないと。そう思ってはいても、私の中にはずっと不安が残っていた。
その中でもっとも大きな不安である兄との関係を、私はどうしても変えたかった。だって…………。
「だって……、アヴィリアを殺すのは……、お兄様だから」
あの小説の中で、悪役令嬢アヴィリア・ヴィコットを殺すのは。
ヒロインセシルの兄、ウェルジオ・バードルディだ。
ウェルジオ・バードルディ―――。
『
次期国王とされていたアースガルドの第二王子が亡くなったことで王位継承者がいなくなり、焦った国は大慌てで行方不明だった第一王子を探しだした。
それが
そして、亡き第二王子の幼馴染みにして、側近を務めていたという人物が、秋尋を支える所謂右腕ポジションとして登場する。
その人物こそが、ウェルジオ・バードルディである。
いきなり別の世界に連れてこられて、右も左も分からない秋尋をサポートし、支え、信頼しあい親しくなっていく。連載当初から登場していたサブメインヒーロー。それが我が兄ウェルジオ。
その兄の繋がりがあるからこそ、妹であるセシルは秋尋との繋がりを持つことになる。
ウェルジオにとっての秋尋は、親友にして主君。そしてなにより、亡き幼馴染みの兄。
病に奪われてしまった幼馴染みのぶんも全力で護り、支えていくと決めた相手。そしてセシルはたった一人の最愛の妹。
その二人を害す存在であるアヴィリアは、彼にとってこの世で最も憎らしい排除すべき敵でしかない。秋尋を殺そうとしたアヴィリアに対し、真っ先に剣を抜き、躊躇なく切りつけた。
――――――臣下として主君を守った。
ただそれだけのこと。当然のこと。
小説を読んだときは何とも思わなかった。嫌味ったらしい悪役がこれでいなくなる。ただそう思っただけ。
けれど今は違う。ここは小説の中ではない現実だ。
アヴィリアは私の親友であって敵ではない。ましてや悪役令嬢でもない。
それでも不安だった。
ネット小説で沢山読んだ、転生、逆行などの物語。その手の話の中で必ずと言っていいほど出てきた言葉がある――――。
『原作補正力』
もしもこの力が働いてしまったら……?
過程は違っても結果的に同じような事態が起きてしまったら……?
アヴィリア・ヴィコットの死が、変えられない出来事であったとしたら…………?
そんな不安があったからこそ、兄とアヴィリアが不仲になることがとても怖かった。
今の彼女なら兄から嫌われる理由がないと思うからこそ、何度も接点を持たせようとした。アヴィリアは決して害ある存在なんかじゃないって、他でもない兄にこそ知っていて欲しかったから。
そうすれば「ウェルジオがアヴィリアを殺す」という前提を覆すことができるんじゃないかと、そう思ったから……。
そんな下心があったからこそ、今日のパーティーは本当にチャンスだと思っていたのに……。
「……お兄様の、バカ……」
自分勝手な我が儘だとわかっていても、言わずにはいられなかった。
どうして上手くいかないんだろう。
アヴィリアを……、“あの人”を護りたい。死なせたくない。ただそれだけなのに。
あの人の身にいずれ降りかかるかもしれない危機の存在を知っているのは、私だけなのに……。
守りたい、護りたい。“今度は”ちゃんと――――――……。
「こうなったら、私が…………」
ひとしきり落ち込んだあと、私は決意した。
アヴィリアを護らなきゃ。
運命なんかに、補正力なんかに負けない。
そんなものに、私の大切な親友をくれてなんかやらないんだから。
やってやる。私が護る。
貴女があの日、そうやって私を護ってくれたように。
ずっとずっと未来でも、二人で一緒に笑い合っているために――――――。
「正ヒロインの底力、見せてやるから……!」
私は大きく息を吸って、余計な物をすべて身体から出しきるように深く深く吐き出して、小さな拳を力強く握りしめた。
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