第20話 決着は黄金の拳で

 


「そうだよジオ。失礼なことを言うんじゃない。アヴィリア嬢の腕は確かだよ」

「父上……」


 どうしていいかわからずに内心でオタオタしていると、騒いでいる我が子に気付いたバードルディ公爵が戻って来てくれた。

 よかった、これでこの場も治る……。なんて安心したのもつかの間。公爵はさらなる爆弾を投下させたのだった。


「春先に作られた桜の塩漬けというものも実に素晴らしかった。私も頂いたがね……。お前だってお茶にして飲んでいただろう?」

「はあ、それが何か…………?」

「ヴィコット領名産としか言われていないから知らないものも多いが……。あれはそちらのアヴィリア嬢

が考案し作り上げたものなんだよ?」


 ざわりと周囲が沸いた。

 公爵の言葉はさらに強い注目を私に集める結果になってしまった。


(――――――ちょ、嘘でしょ!?)


「王都の研究施設でも絶賛されていてね。王妃様もたいそうお気に召してらしたそうだよ」


(んん!?)


 ちょっとなにそれ、そんなの私知りませんけど!? どういうことですかお父様!?


 そんな気持ちを込めて思わず父を睨みつければ、にっこりと満面の笑顔でグッと親指を立ててくだすった。

 求める返答はそれじゃない。


「今王都でたいそう人気のコロッケだってそうだよ。お前だって気に入っていたろう?」

「は!? あれもこの女が!?」

「この女とは何ですかお兄様!」


 ざわざわ。周りの声が上昇。集まる視線も急上昇。


(いやーーっ! 事を大きくしないで公爵さまあぁぁっ!!)


 私の心にさらなる追加攻撃。効果は抜群だ。


 ちょっと本当にどういうことですかパパン!? マジで城に持ってっちゃったんですかあんな庶民料理を!? いつのまに!!


 言ってやりたい言葉をまるごと忍の一文字で飲み込み、全ての思いを睨みつける視線に込めた。


「美味しくてお腹にたまりやすくさらに食べやすい。特に王子様がたいそうお気に召していらっしゃったよ。はははははははっ!」


 だから聞きたいのはそんな言葉じゃないっ!!

 はははと笑ってる場合ですか! そんなフォローは求めてませんよお父様!!

 

(ど、どうしよう、ヘタに注目されてもどうすればいいのか……っ!)


 娘がこんなに焦っているというのに、父はうんうんと誇らしげに頷くばかりで全く役に立ちそうにない。


 度重なる攻撃に私のHPはすでにマイナスをふりきっている。ぶっちゃけ立っているのもやっと。いっそ気を失ってしまいたい。涙目どころかすでに半分泣いてます。


「そうですわお兄様。アヴィの腕は本物です。私の大親友をなめないでくださいなっ!」


 ぎゅうう。


 そう言って私の腕にしがみついてくるセシルの可愛さプライスレス!

 ああセシル私の癒し。本物の天使のようよ……。

 味方の登場にHPがぐぐんと伸びた。瀕死の状態から奇跡の回復。脳内に大天使セシルの銅像がたった。力強い腕のなんと心強いことか。


「ちゃんと謝ってください!」

「え、」


 いやちょっと待って天使様。


「お兄様が悪いんですから! あ、や、ま、っ、て!」

「あ、ぅ……」


 お待ちになって天使様。

 気持ちは嬉しいけれどもよく見て周りの状況を。周囲の目はいまだコチラに向いているのよ?

 こんな大勢の視線にさらされながら、女に頭を下げるなんて。このいかにもプライドの高そうなお坊ちゃんにはさすがに可哀想なんじゃないかしら……。


 私の精神年齢から見れば、ウェルジオ・バードルディは年下の子供といってもいい年頃だ。気まずそうにキョロキョロと視線を動かす姿は完全にどうしていいかわからずに狼狽える幼い子供そのもので、なんだかこちらが苛めているような気分になってしまう。


 渦中の中心にいるにも関わらず、先ほどから微妙に渦の外に追いやられていた私の心はほんのちょっとの余裕を取り戻しつつあった。


 完全にお姉さん目線でそんな様子を伺っていたら、ふいに、顔を上げた彼と視線が絡まる。


「あ」


 一瞬のうちに真っ赤に染まったその顔は。


「ふ、…………ふんっ!」


 次いでおもいっっきり反らされた。


(…………うわぁ)






――――――この日。アースガルドにひとつの伝説が生まれた。



 ウェルジオにとって不幸だったのは、下手なプライドが邪魔をして見栄を張ってしまったこと。

 そんな彼の態度を見たアヴィリアが「あらヤダ本当に子供みたいで以外に可愛いかも」などと思ってしまい、おもわず幼子を見るような生暖かい表情になってしまったこと。

 そんなアヴィリアの表情を見て、彼女が傷ついたんだと意味合いを盛大に勘違いして受け止めてしまった妹がいたことだろう。

 もはやアヴィリア厨と言っても過言ではないセシルは大好きな親友の傷付いた表情(誤解)を見て、次の瞬間には。


「~~〜っ、お兄様の、ぶわかあぁぁーーーーっ!!」


 拳に力を込めていた。


「ぶふぉ……っ!?」


 見事に鳩尾をついたその一撃は兄を一瞬で沈めた。

 シィ……ン。静まる会場。ポカーンとするしかない招待客。

 そんな空気をものともせずに、いままさに攻撃を決めた右手を高々と天に掲げながらやり遂げた感満載の清々しい表情を浮かべる少女。セシル・バードルディ、本日めでたく十一歳。貴女はどこの勇者様……?

 心なしか、シャンデリアに灯された明かりの効果によって、スポットライトが差しているようにすら見えるわ。


「あら。いい腕してるわね。セシル様もなかなかやるわね」


(ママン!?)


 そんな彼女を見て我が母がなにやら不穏なことを呟いていたりしたが多分きっと気のせいである。



 そしてこの光景を見た者たちによって、この素晴らしくキレのある一撃は「バードルディの黄金フィスト☆」として口々に語られ広げられ、バードルディ公爵が頭を抱えたりする事態にまでなったりするのだが…………多分きっと私のせいではない、と思いたい。


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