第19話 対決はパーティー会場で 2
「…………僕はまだ納得したわけじゃない」
「は、はぁ」
「セシル、騙されてるんじゃないのか? この女がお前にどれだぐふっ」
ぎろりと睨む鋭い視線にたじろいだのもつかの間。会話が終わる前に兄貴が視界から消えた。
「ねぇアヴィ、プレゼントってなあに? 私楽しみだったのよ! アヴィの作るものっていつも素敵だから!」
ニコニコニコニコ。
可愛い笑顔で聞いてくる我が親友。
素晴らしい笑顔ですねセシルさん。でも私の目が確かなら貴女今お兄ちゃんの腹に一撃を入れていたように見えたけど? しかも拳が見えないくらいには鋭い一撃。お兄ちゃん後ろでお腹おさえてめっちゃプルプルしてますけど。
なのに真犯人は我知らずといったふうにとてもいい笑顔でそんな兄の姿を完全にフェードアウトしている。
その笑顔を前に私は突っ込むことを拒否した。世の中触れてはいけないこともあるって、私知ってる。
「気に入ってくれるといいんだけど…………」
取り出したのは先日作った薔薇のジャム。
見栄えがいいようにガラスの瓶に入れて、透明のフィルムでくるんでから上のほうでリボンを結んでラッピングした。
「薔薇で作ったジャムなの。セシル、紅茶好きでしょう? 良かったらティータイムのお供に使って?」
「いい匂いね。それにとってもキレイ。ありがとうアヴィ、これからティータイムが楽しくなるわね」
ほ。良かった。どうやら気に入ってくれたみたいだ。
この世界には馴染みがないものだから少し不安だったけど、お母様からのお墨付きも貰っていたし、前世ではよく作っていたものだから正直味には自信がある。
「…………」
………………それより。
薔薇のジャムを出したあたりからチラチラと感じる周囲からの視線の方が気になるんだけど……。
こそこそと交わされる小さな話し声がかすかに聞こえるが、それが「ヴィコット家の新しい商品が」とか「春には桜を使ったお茶が」とか「伯爵に詳しい話を」とかとか。そんな内容に聞こえて来るような気がするんですけど!?
(…………な、何事?)
思ってもいない周りの反応におろおろしてたら、そんな私を嘲笑うようにかけられる声がひとつ。
「はっ、花だって? そんなものを食べようとするなんて信じられないね。ただ庭に生えてる植物じゃないか。そんなものを妹に食べさせるなんて冗談じゃないっ!?」
兄貴復活。あらおかえりなさいお腹大丈夫ですか? ああ、すみません微妙に前屈みですね。にも関わらず依然喧嘩ごしですかそうですか。
「あらウェルジオ様。では貴方は今まで一度も紅茶をお飲みになったことがないとおっしゃるの? あれだって元をただせば葉っぱですわよ?」
思わず私も強く言い返してしまった。
大人気ないと言ってくれるな。プレゼントを馬鹿にされて、自分で思うよりも私ははるかにイラッとしていたのだ。
「うぐ、……だがっ、薔薇が食用だなんて聞いたこと……」
「無理もありません。食べ物というよりは薬草……漢方の一種です。一般的には観賞用、または香料として使われることが多いですが、実際に薬として使用されている例もございます」
地球でだけど。
確か紀元前頃には使われてたはずだ。薔薇を使った美容法はかのクレオパトラも愛用していたっていうし。
「食用として使用できるのは薔薇の花と実ですが、今回セシル様にお渡ししたものは花びらのみを使用したものです。薔薇の花は美しく芳醇な香りをまとうだけでなく、鎮静作用などもあってリラックスタイムにうってつけな効果をもっているのです」
パーティー会場に来ていた招待客の口から驚いた声が漏れる。
ひそめていたわけでもない私の声は会場中に広がり、聞き耳を立てていた彼らの耳にもしっかりと入っていたが、目の前の少年を相手に完全にムキになってしまっていた私は、そのことにまったく気づいていなかった……。
「さらに身体に良いビタミン要素も豊富で、新陳代謝の促進や肌の活性にも適していて、美容効果も高いんです」
“まぁ、お聞きになりまして?”
“ええ、薔薇の花が……”
ご婦人方の視線が強くなった。まるで一言たりとも聞き逃さないと言うように。
「もちろん適切な処理や作り方は必要ですし、薔薇の品種にもよります。私がセシル様にお渡ししたのは我が家の薔薇を使用した、食用として使っていただいて問題のない品種のものです。我が家の庭師がひとつひとつ心をこめてお世話してくれているので、農薬などは一切使われていません。身体に害はございませんのでご安心くださいませ」
要は種類にもよるし薬などを使っていてもダメだということ。
聞き耳をたてていたご婦人方から今度は残念な声が聞こえてくる。
薔薇の花を庭に植えている家は多いが、薬などを一切使わずに綺麗な花を維持しているかと言われるとそうではない。残念ながらそうそう上手くは行かないのだ。
「――――――〜〜っ、仮にそうだとしても! 君のそれは所詮素人の手で作ったものだろう!? そんなもの信用できるか!」
「もうっ、お兄様ったら本当に頑固なんだから! そんなに言うならご自分で確かめてみればいいじゃありませんか! ほらっ!!」
頑固な兄にとうとう痺れを切らしたセシルは、会場に用意されていた紅茶に渡したばかりのジャムをいれてずいっと兄貴の胸に押し付けた。
もっともらしい言葉に振り払うこともできず、反射的に受け取る。
気づけば会場中の視線が自分に集まっているというこの状況。
これでは取れる行動なんてひとつしかない。
「…………」
彼は意を決して、花びらが浮かぶ紅茶を恐る恐る口に運んだ。
鼻腔を掠める紅茶とは別のほのかな匂い。そして舌に伝わるささやかな甘味。
パーティーのために用意した紅茶は少々高級で、もちろんその味が絶品なのは知っていたが…………。
「………………ぅ、まい……」
「ほら! ほぉ~ら、ごらんなさいっ!」
長い沈黙の後、呆然とつぶやく兄にそれ見たことかと自分のことのように胸をはる妹。
それを見て私は心底胸をなでおろした。大勢の人の前で味を評価されるとかどんな羞恥プレイよ。実はセシルが紅茶を差し出したあたりから心臓がバクバクいってた……。
(しかもなんか周り、じっとこっちを見てるし!?)
セシルが間に入ったことで頭が少し冷えた私は、そこでようやく会場中の視線が自分たちに集まっていることに気付いたのだった。
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