第18話 対決はパーティー会場で 1
「セシル様、お誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます」
空に一番星が輝く頃、誕生日パーティー静かに始まりを告げた。
私の誕生日もそうだったけど、貴族のパーティーは基本的に夜会であることが多い。
まだ社交デビュー前とはいえ、アースガルドを代表する筆頭公爵家の一人娘の誕生パーティーなだけあって、招待されている人たちも大層な顔ぶれが勢ぞろいしている。
(セシル、本当にお姫様みたい……)
その中にありながらも存在を埋もれさせることなく、純白のドレスを翻して優しい笑顔を浮かべる彼女は、まさしくお姫様の如く輝いていた。
周囲から漏れ聞こえる賛辞もそんな彼女を褒め称えるものばかりで、親友としては誇らしい限りだ。彼女が褒められるたびに何故か私の鼻が高くなる。
「セシル様、本日はおめでとうございます。よろしければ、私と一曲……」
「申し訳ありませんが妹はまだ挨拶が残っておりますので。失礼」
ちなみに、そんな素敵なお姫様に頑張って声をかけようとしているお坊っちゃんたちは、その隣にぴったりと寄り添っているウェルジオ少年の手によって容赦なくあしらわれている。いいぞお兄ちゃんもっとやれ。
セシルもこういうパーティーは苦手みたいだし、何か言う前に追い払ってくれる兄には助かってるみたいだ。
貴族にとってのパーティーとは、他者との繋がりを作る格好の場であり、ひとつの職場。
いい家柄とコネを作ろうと目論んでいる奴らにとっては絶好の機械でもあるわけだ。ここぞとばかりにやってくる。
「これはヴィコット伯爵。ごきげんよう、お嬢様の誕生パーティー以来ですな」
「ほんの数ヶ月ですのに、ますますお美しくなられたようで……」
「セシル様とはとても仲の良いご友人だそうですね」
「まあ、微笑ましいですこと」
「私の息子とも歳が近いんですよ。よければ少しお話でもいかがですか?」
こんなふうにね。
抜け目なくウチのほうにも来るわ来るわ。ていうかその息子さんさっきセシルに声をかけようとしてお兄ちゃんにあしられてた子ですよね? 見てたわよ。
「すみません。娘はまだセシル様にお祝いの言葉を言えてないので。アヴィリア、行ってきなさい。プレゼントを渡してくるといい」
「はい」
そしてウチのお父様にも片手間にあしらわれる、と。流石です。
お許しがもらえたので早速お言葉に甘えてその場をそそくさと離れる。私だって好き好んで絡まれたくないもの。
「お誕生日おめでとうございます、セシル様」
「ありがとうございます、アヴィリア様」
いつもは砕けた口調で話す私たちだけど、さすがに人目の多いパーティー会場とあっては敬語を使う。
我が国の貴族の中でもトップレベルの公爵令嬢である彼女に対して、伯爵令嬢の私が普段あの態度で許されているのは、ひとえにセシルがそれを許してくれていて、あくまでプライベートだからにほかならない。
ドレスの裾をつまんでお互いに恭しく頭を下げれば、あまりのらしくなささに、おかしくなってこっそり目を合わせて笑ってしまった。
それまでセシルの周りにいた人たちも私に気を使ってか、そそくさと去っていく。
それを見送ってようやく二人して肩の力を抜いた。
「素敵なパーティーね」
「んんー、だけど疲れるわ。さっきからずーーっと同じことの繰り返しなんだもの。始終笑顔も疲れるしっ!」
周りの目がなくなったとたんに口調が元に戻ってしまう。
さっきまで完璧な営業スマイルを浮かべていたセシルも完全に表情を崩しているけれど、その顔には挨拶疲れによるものだろう若干の疲労が見え隠れしていた。
気持ちは分かるけど口を尖らせてぶうたれるのはさすがにまずいと思うわ、周りの視線まだあるわよ。
「パーティーは楽しいけど……、大勢の知らない人に祝われるより一人の親友に祝ってもらえるほうがずっと嬉しいわ!」
(くっ!)
私の親友が天使すぎる……!!
セシルの誕生日なのに私の方がプレゼントをもらってる気分になっちゃうじゃないのもうっ!
あまりの尊さに思わず心の中で手を合わせて拝みたい心境になる。宗教ってこんな感じで生まれるのかしら。
…………が。先ほどからちょっと、なんと言うか。
セシルと会話をするたびに隣に立つ美少年からの鋭ーい視線をチクチクと感じるんだけど……。
(……見てる見てる。ガンつけるみたいに兄貴がじとーって)
妹になんかしたら許さんって感じの顔だなあれは。
まあ、彼の中でのアヴィリア・ヴィコットと言ったら、高慢で高飛車な性悪令嬢のままだろうしな。
セシルのことも散々雑に扱ってきたし、お兄ちゃんとしては妹に近づいてほしくはないんだろうな。
(むむ……)
けれど、前世の記憶を思い出してから一年。セシルとはそれなりに良い関係を築けてきたと思っている。
私にとって彼女は紛れもなく一番の親友だし、自惚れでなければ、彼女にとっての私もそうであると信じている。その気持ちを疑われるのは、なんか嫌だ。
(…………ダメだわ。私ったらさっきから本当に子供みたい)
中身はれっきとした大人のはずなのに、転生してからはこんなことばっかりのような気がする。やっぱり肉体年齢に引っ張られてるのかしら?
(ダメね、こんなんじゃ)
ふるふる頭をふって思考を切り替える。親友の誕生日にこんな気分でいるなんてよくない。
小さく深呼吸をして気持ちを落ち着けると、私はもう一度セシルと向き合った。
まだここに来た目的の一つを果たしていない。
「セシル、これ良かったら。私からの誕生日プレゼントよ」
「わあ! ありが……」
今日のために用意したプレゼントを差し出せば、彼女は嬉しそうに喜んでくれた。
だが、それを受け取ろうと彼女が手を伸ばした瞬間、私たちの間を遮るように入ってくる影がひとつ。
「あ」
「……ちっ」
言わずもがな。兄貴のご登場である。
しかも隠しもしない見事な舌打ち付きときた。
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