第15話 とある少女の心の中 4

 


 そんな自称天使のいじめとも言える精神的拷問を受けた日から二年。


 私はアヴィリアの近くにい続けた。

 彼女的には美少年な兄のウェルジオにこそ、そばに居て欲しいんだろうに、寄って来るのは邪魔な妹の方。当然アヴィリアは私を嫌がったけど。

 それでも、あの人がアヴィリアとして生まれ変わったと知った以上、私はどうしても回避したかった。アヴィリア・ヴィコットの死を。




――――『紫水晶アメジストの王冠』


 それが私が生前一番好きだった携帯小説のタイトル。

 主人公秋尋が現代日本から異世界トリップして、このアースガルド王国で立派な王子となるために様々な出来事に立ち向かっていくストーリー。

 その中で、アヴィリア・ヴィコットはどうして死んだのか。


 それは、彼女が貪欲に王妃の座を求めたから。


 彼女は後宮で暮らす王子のお妃候補の一人だった。

 後宮にいたのは、あまりの高慢振りに両親さえも手をあげ、半ば追い出す形でそこに入れられたからだ。


(なら後宮にさえ入らなければ、そもそも秋尋と関わらなくて済むんじゃないの?)


 そう結論を着けた私は早速行動に出た。


 私がまずしたことは、アヴィリアと友達になることだった。

 彼女と親しくなって、彼女の傲慢な性格を少しでも改善することができれば周囲との関係も良くなるだろうし、後宮にも入れられずに済むかもしれない。私へのいじめだって無くなるかもしれない。


 私はなんとかアヴィリアと親しくなろうとした。

 いろんなお話をしたり、美味しいお菓子を用意してお茶をしてみたり。いろんな場所へ誘ってみたり。

 彼女が酷い我が儘を言えば、そっと止めてみたりもした。


 けれどそれは、彼女を余計に苛立たせるだけで。余計に嫌われるという結果になってしまった。


「……セシル。お前は何故あの女と関わろうとするんだ?」


 僕には理解出来ないと、ため息をつくお兄様。


(ごめんなさいお兄様。でも私はどうしても、アヴィリア・ヴィコットを死なせたくないの)


 何度失敗しても、私は諦めなかった。

 くじけそうになる度に、最後に感じたあの力強い声と、暖かい腕を思い出して。

 何度も、何度も。


(まだ時間はあるはず、大丈夫……大丈夫……)


 昔からの口ぐせを自分に言い聞かせるように呟いて。

 何度も、何度も……。



 けれど、結果はいつまでたっても変わらないまま、気付けば二年の時が過ぎていた。



(どうしよう……、一体どうしたらいいの……っ)


 何の成果も得られないまま、時間だけが無情に過ぎていく。

 小説にアヴィリアが初めて登場したとき、アヴィリアは十五歳だった。でも、彼女が何時から後宮に居たのかはわからない。

 タイムリミットはすぐそこまで来ているかもしれない。


(どうしよう……。どうしよう、どうしようどうしようっ!)


 焦りばかりが、募っていった。



 ところが、私がそうやって頭を悩ませている間に、転機というものは思ってもいない予想の斜め上から突如やって来たのだ。


「え、アヴィリア様が湖に……!?」


 その凶報が届いたのはまだ暑さの続く夏の日のこと。

 私は居ても立ってもいられなくなって、お父様やお兄様の制止も聞かず、すぐさま屋敷を飛び出した。


 冗談じゃない。こんなところで、こんな予想外の運命に、あの人を奪われてたまるもんか。


 髪が乱れるのもそのままに、私は馬を飛ばし続けた。

 そうしてたどり着いたヴィコット邸で待っていたのは……。


「ほんとにちょっと溺れちゃっただけなのよ……、もうなんともないから」

「ごめんなさいね、心配かけて……」


 待って、いたのは…………。


(うそ……)


 私は夢でも見ているんだろうか。

 だって、この手は。

 私の手を握るこの手の暖かさは……。



 “―――――――――あぶないっ!!”



(うそ……っ)



 忘れるはずもない。

 あの人のものだった。




 ***





「セシル? どうしたの、急に黙りこんで……具合でも悪いの?」

「え、……ううん、大丈夫! ちょっと、今度のパーティーのことを考えたら憂鬱で……」

「ああ、来月の誕生パーティーね。確かに、パーティーの主役って大変だものね」


 私も大変だったわと、目の前の彼女。アヴィリア・ヴィコットは楽しそうに微笑んだ。


 彼女が以前の記憶を取り戻したんだということはすぐに分かった。


 あの自称天使絶っ対性格悪い。

 最早この展開もあれの手の上だったような気さえしてくる。

 最後にやたら楽しそうに笑っていたような気がしたけど、それさえこの展開を企んでいたんじゃあるまいなと思わずにはいられない。


 二年間あれやこれやとしてきたのは結局無駄だったってことだ。

 自分が凄くむなしく感じる。あの自称天使に遊ばれた気分だ。今度会ったらどうしてくれよう……。


「プレゼント用意してるから楽しみにしててね」

「本当? アヴィってセンスいいから、今から楽しみ!」

「それはそれでなんかプレッシャーなんだけど……」

「ふふふっ」

「もう……」


 でも、感謝はしておくよ。

 これでアヴィリアの死亡フラグはほぼ無くなったようなものだ。

 基本子煩悩だったヴィコット伯爵は、今のアヴィリアをそれはもう可愛がっているし、屋敷のメイドたちとも以前よりずっといい関係を築いている。

 これなら彼女が後宮に追いやられることはないはずだ。仮に行くことになったとしても、今のアヴィリアなら小説のような展開にはならないだろう。性格がそもそも違うんだから、「小説のアヴィリア」と「今のアヴィリア」が同じ行動をするとは思えない。



 私の目的は、彼女が記憶を思い出したことでほぼ達成された。



「アヴィ」

「なぁに?」

「…………ありがとう」



 ねぇ。

 貴女に言いたいことが沢山あるの。

 伝えたいことが。


 こんな言葉なんかじゃ全然足りない。

 「ありがとう」よりももっと。もっともっと、いい言葉があればいいのに。


 ずっとずっと、伝えたかった。ずっとずっと逢いたかった。

 

 …………だけど、私はどうしようもないくらいに弱虫で。


 貴女に私のことを知ってほしいのと同じくらい、私のことに気づかれるのが怖くて怖くて、たまらない。


 貴女を死なせた元凶が私だと知ったら、貴女はどう思う?

 貴女はきっと、私を恨んでるよね。

 お前のせいで死んだんだと、言われたら…………。


 ただ逢いたかったのに。逢って、お礼が言いたかったのに。ごめんなさいって謝りたかったのに…………。


 なのに今。それがこんなにも、怖い。


「なぁに急に。私の誕生日だって祝ってくれたじゃないの。おあいこでしょ?」


 ズルいよね、卑怯だよね。

 この関係を壊したくない、貴女に嫌われたくない……。そんな自分勝手な思いが今日も心に蓋をする。


 貴女が目の前で笑ってくれている。

 そのことが、こんなにも嬉しくて…………。



 ―――――――――だから。






 ごめんなさい。






「ありがとう……」


 今はこんなふうにしか伝えられない私を、どうか許して……――――。


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