第14話 とある少女の心の中 3

 


「お嬢様、旦那様がお呼びです。お部屋までお越しくださいませ」

「ええ、今行くわ」


 自称天使とのあの世での邂逅から八年。私は新しい世界で新しい生命を得た。

 前の世界とはまるで違う世界で、なんの因果か、しっかりと前世の記憶を持ったままで。


 この状態で一番苦労したのは、なんといっても生活の違いだろう。

 私が生まれたのは、由緒正しい公爵家。平凡な一般家庭で過ごした前世とは天と地ほどの差があった。なまじ前世の記憶があった為でもあるが、そのせいで長い間周りに上手く馴染めずにいた私に両親はさぞ苦労しただろう。

 それでも変わらず、愛情を持って接してくれているのだから、いい家庭に生まれたと思う。


「お父様のご用ってなにかしら?」

「おそらく、今度のお茶会のことかと。旦那様のご友人をお招きしているのですよ」

「楽しみですね」






 ――――――――――セシルお嬢様。






 そう、私の新しい名前はセシル。セシル・バードルディ。

 キラキラと輝くハニーブロンドの髪とエメラルドの瞳はまさしく絵本の中のお姫様かと言わんばかりの美少女。

 いやー、まさか生まれ変わった先でこんなにも素晴らしい容姿を手に入れることになるとは夢にも思わなかったよ。あの自称天使もなかなか憎い演出してくれるじゃーんっ。




 な ん て。




(言うわけあるかあああああぁーーーーっ!!)


 あんの自称天使野郎が! マジなにしでかしてくれてんのよ!? なによセシルって! なんでこのチョイスなの!?

 セシルって、セシル・バードルディって………っ。


(私が死ぬ前まで読んでたあの携帯小説のヒロインじゃんか!?)


 転生先はまさかの二次元キャラ成り代わりでしたとか、笑えねぇ……。


 私は絶望した。言葉もないとはこのことだと第二の人生で早速学んだ。


 ああ、神よ。

 あの世というのがいいかげんな場所ならば、自らを天使とか名乗る野郎もやっぱりいいかげんなのだということは身を持って知っていましたが。

 これはいくらなんでもあんまりすぎやしませんか?




 ***




 アースガルド王国。その北方に位置するバードルディ領を納める名門公爵家のご令嬢。

 国の名前を聞いた時。己の名が『セシル』だと知った時。そしてウェルジオという兄の存在を知った時。

 その度にまさかまさかと思ってはいたが……。


「成り代わり転生って……なにその設定。こんな展開望んでない……」


 別にセシル・バードルディというキャラは嫌いじゃない。むしろとても好きなキャラだ。

 何より、あの作品で主人公秋尋推しだった私からすれば、彼と恋愛を育んでいくヒロインなんてとてもおいしい立ち位置だ。


 ……が。


 そのために、数々の困難が降りかかるのもヒロインのお約束事項。

 いじめられたり、暴漢に襲われたり、暗殺者を差し向けられたり、濡れ衣を着せられたりその他諸々エトセトラ……。

 ………………きつすぎる。


「……モブになりたい…………」


 主人公やヒロインなんて、作品中もっとも苦労するキャラトップスリーに余裕でランクインしちゃうやつじゃないか。誰が好き好んでなりたいもんか。


「あの人、どうしてるかな……」


 何処かの町に生まれたんだろうか。それとも私みたいに、キャラの位置に生まれた?

 前者なら、巡り逢うのはちょっと大変そうだな。後者なら、私が『セシル』である以上、いつかは逢える可能性が高い。

 でもあの小説に出てた女性キャラって、セシルの友人側かセシルをいじめる悪役側かのどちらかだからなぁ……。


「できれば敵じゃありませんように……」


 この国が崇めるのは仏様ではなく精霊だが、染み付いた現代日本人の習性か。私は今日も澄み渡る大空を見上げながら手を叩いて日課となりつつあるお祈りを捧げるのだった。



 ところが、私がそうして最早数えきれないほどの祈りを天に捧げたにも拘わらず、ヒロインにとっての現実とはかくも厳しいものだと、数日後に開かれたお茶会にて発覚する。



「はじめまして、ウェルジオさま。わたくしアヴィリア・ヴィコットといいますの。今日はお会いできて嬉しいですわぁ」


 語尾にハートマークが付くような猫撫で声で、私の存在をさらっと無視して隣に立つ兄の腕にすり寄るこの薔薇色の髪の女は……。


(あ、アヴィリア、ヴィコット……って……)


 できれば会いたくない相手No.1。関わりたくない相手No.1。セシル・バードルディの天敵。

 私が最後に読んだ話で見事に返り討ちにされて殺された女。

 セシルをいじめるのも、暴漢を差し向けるのも暗殺者を差し向けるのも濡れ衣を着せるのも。

 全部全部。この女。


 でも、今私の中に溢れるこの激情は、自分にとっての鬼門とも言える存在が現れたことに対してではない。



 ――――“仮に会えたとしてもわからないんじゃないかなぁ”

 ――――“大丈夫! 絶対分かる!”



 自称天使の問いに迷わず答えられたように。

 一目で分かった。


(あの人、だ……)


 理由なんてわからない。でも、ただそう思った。

 本能が騒ぐ。まるで運命の人を教えてくれるかのように。

 自分にとっての大恩人が、一番の敵役に、それもいずれ必ず殺されるとわかる相手に生まれてきたことを。


(ふ、……ふっ……)




 っざけんなあの自称天使野郎がああああああぁーーーーっ!!






 これはいくらなんでもあんまりすぎやしませんかねっ!?


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