第13話 とある少女の心の中 2
そこは、まるで雪の中のように真っ白な世界だった。自分の姿は勿論、相手の姿さえ見えないような。
そんな世界にぽつりと、私はぼーっと突っ立っていた。
「うわあぁぁあぁ~~、面倒な事になっちゃったよ、もう」
『は、あんた誰?』
白い世界に響く男の声。姿は見えないのに、何故か不思議と自分の目の前にいる、と感じた。
「このままじゃふたつの世界のバランスが崩れちゃう…………。どうにか埋め合わせしないと……。ああ、どのみち骨が折れる作業だなぁ……はあぁぁ~」
『ちょっと! 聞いてる!? さらっと無視しないでよ! あんた誰? ここ何処よ!!』
「おっと、意外に気が強いお嬢さんだね。まぁいいか答えてあげる。僕にこれといった名前はないけど、そうだね……キミたちの言うところの天使みたいなものかな。そしてここはキミたちの言うところのあの世さ。OK?」
『……病院行けば?』
「ちょ、なにその目! やめて、そんな可哀想な奴を見る目やめて! 僕の小鳥のようなガラスのハートが傷つくよ!!」
『………………。』
「視線の冷たさが増した!? 酷いよ、嘘じゃないんだって!」
よくこの冷めた眼差しにきづいたもんだ。
向こうからはこっちの顔が見えるんだろうか?
「あのね、キミは間違って現世で死んじゃって、あの世まで来ちゃったんだよ。覚えてないかい?」
『死んだ?』
その言葉を聞いて私は思い出した。
そうだ。私は病院にいたんだ。指先さえ動かせない状態で。
…………そうか、私あのまま死んじゃったんだ。十六年の人生か、呆気ないな。
「思い出した? ここは死んだ人間が必ず通る通過地点。魂の管理施設日本支部!」
『かんりしせつ!? しかも日本支部って!?』
「そう。現世で生きている間、朝はおはよう夜はおやすみまでをキミたちが生きてる間ずぅーーーーっと管理してる施設のことさ」
『世界一タチ悪いストーカーじゃんっ!? ……ってちょっと待て。あんたさっき間違って、とか言った!?』
あの世にそんなストーカー施設が存在してたこともある意味とんでもなくカルチャーショックだが、そんなことより今絶対聞き逃しちゃいけないこと言ったよね、この自称天使。
「言ったよ。キミたちは本来あの事故で死ぬ予定じゃなかったんだ。たまに起こるんだよ。こういう予定外のことがね」
『キミ、たち?』
「覚えてるだろう? キミより少し前にここに来たよ」
『あの女の人? 居るの!?』
「居るっちゃ居るけど、会えないよ?あの人はキミと違って、この場で意識を保ってないからね。此処を通る人みんながキミのようにしっかりと意識を持ってるわけじゃない。あの人もそうだ。ずーっと眠ってるよ」
『そんな……』
会えないんだ……。同じ場所にいるのに。
私が巻き込んでしまった、死なせてしまった、あの人。
「それより、今はキミのことだ。さっきも言ったけど、キミたちは本来死ぬ筈はなかった。だけど予定外の出来事でそうなってしまった。今キミたちの魂はとても不完全だ」
『不完全?』
「本来ここに来る魂は、天寿をまっとうした寿命の尽きた魂だ。でもキミたちは違う。キミたちの魂にはまだ寿命が残ってる。だから他の魂のような輪廻転生はできない、輪廻の輪に入る為の魂としては不完全、という意味さ」
『それって、生まれ変われないってこと?』
「ちょっと違うかな。今の状態じゃできないってだけ。残った寿命の埋め合わせが必要だ。」
『埋め合わせ?』
「そう。というわけだから、ちょっとキミ、別の世界でもう一度だけ生きて来てくれないかなー?」
『軽っ!』
なに「ちょっとお使い行ってきて」みたいなノリで意味わかんないこと言ってくれてんの!?
「悪いけど、これはほぼ決定事項だよ。このままじゃキミは転生できないんだ。嫌だろう? 浮遊霊みたいにふよふよと永遠に魂のまま漂ってるなんてさぁ。だからさっさと腹くくって、行ってみようか!」
『何がだから!? それどんな脅しよ!!』
「いやぁ、ぶっちゃけさ、其処らで漂ってくれてるより人として生きてくれてたほうが僕らも管理しやすくて助かるんだよねぇ」
『いいかげんすぎるよ管理施設!!』
「しょうがないだろ! 人手不足は世界共通で万年人を悩ませる社会問題なんだから!!」
あの世で人手不足!? 世界共通はあの世も含むんですか! 知りたくなかったよそんな事実!
「キミにはこれから、こことは別の世界で生まれて生きてもらう。わかりやすく言うと異世界だね」
『はぁ、それは転生というのでは……?』
さっき散々転生はできないって言ってたのに。
「ちょっと違う。キミの魂はあくまでこの世界の物だ。この世界の魂はこの世界でしか転生出来ないんだよ。きちんと転生するためには魂に残った寿命をまっとうして、完全な魂にならなくちゃいけない。でもこの世界でキミの魂が入るべき肉体はすでに心臓を止めてしまっている……。だからこの世界でそうすることが出来ないんだ、別の世界のキミの魂を受け入れられる肉体のところじゃないとね」
『ややこしい……。でもまぁ、言ってることはわかったよ』
「理解してくれて良かったよ。ぶっちゃけいつまでもキミ一人に時間取れないからさぁ。後がつかえてるんだよねー」
ちょいちょいリアルな意見言うのやめてほしい……。
知りたくなかった。あの世がこんな所だなんて……。なんだろな、十六歳で死んだ事実よりもむしろ別のことに酷いショックを受けている自分がいる。
人の人生がこんなふうに管理されてたなんて……。大丈夫なのかこの世界。
「まあ安心してよ。変な世界に送ったりしないからさ。むしろキミは喜ぶ世界なんじゃないかな?」
行先は既に決まっているようだ。ニヤニヤと笑ってる雰囲気が伝わってくる。一面真っ白な場所で自称天使の顔なんて全然見えないのに、ずいぶん楽しそう。
その原因が人の人生かと思うと若干やな感じだけど……。
「さ、そうと決まれば早速出発と行こうか。もう一人のほうも送らなきゃいけないから、さくさくとね」
『え、……まってまって!! それってもしかしてあの女の人のこと!?』
「そうだよ? 寿命が残って不完全なのは彼女も同じ。当然彼女も対象者さ」
それを聞いたとき、私の中に込み上げてきたのはとても言葉にできないような感情だった。
罪悪感。恐怖。不安。――――そして、とても伝えきれないくらいの、感謝。
巻き込んでしまってごめんなさい。助けてくれてありがとう。
言わなきゃいけないこと。私は何ひとつ伝えてない。そしてきっと伝えられないまま終わってしまう。このままじゃ。
そんなの絶対ダメよ!!
『お願いっ! その人も私と同じ世界に……ううん、私を同じ世界に行かせて!!』
「はあ!? いや、それは全然大丈夫なんだけど……、なんでまた?」
だって、私は何も伝えてないんだもの。死ぬ間際に頭の中を埋め尽くした溢れるくらいの謝罪の言葉。
あの人は私を助けようとしてくれた。
ここで会うことはできなくても、新しく生まれる世界なら会える可能性はある。
会いたい。どうしても、あの人に会いたい。
会って、伝えたいことがあるから。
「……なるほどね。でもキミ分かってる? 新しい世界ではキミも彼女も別人として生まれるんだよ? キミのことを覚えてる保証だってないんだ、仮に会えたとしてもわからないんじゃないかなぁ?」
『大丈夫! 絶対分かる!』
女の執念をなめてもらっては困る。私はあの人に会う。会うと言ったら会うのよ!!
「ふふ、いいねそういうの。個人的に好きだよ。キミみたいに頭じゃなくて本能で動くタイプ」
誉めるみたいに貶してくれるよ……。
天使ってのはわりといい性格してるんだな。できればコイツが例外なタイプだと思いたいが。
「その意気に免じて、近い場所に魂を送ってあげるよ。近場で済ませられるなら僕も作業が楽で助かるしね」
『人の人生楽とか言わないでくれる!?』
本当に大丈夫なのかあの世。こんな奴に任せていていいのか管理施設日本支部。日本のあの世事情が心配です。
「じゃ、早速始めようか。次に目を覚ましたらもう別の世界だ。上手くやりなよ。」
『ありがとう……。我が儘聞いてくれて』
「此処で意識がある魂なんて滅多にいないからね。久しぶりに僕も楽しかったよ。じゃあね……」
――――彼女に会えるといいね。
だんだん薄らいでいく意識のなかで、やけに楽しそうな天使の声だけはハッキリと聞こえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます