第16話 そして迎えるその日に

 


 迎えた誕生日当日。

 私はお父様お母様と共にバードルディ邸を訪れた。


 馬車に揺られながら王都の貴族区域がつらなる道を進むと、その先にひときわ目を引く豪邸が姿を現す。

 綺麗に整えられた広い庭。綺麗な水をたえず吹き出す噴水。その奥に佇む白亜。

 ヴィコット邸の庭も素敵だが、バードルディ邸の庭はさらに上を行く。そして広い。さすが公爵家。


「やあ、ロイス。よく来たね」

「お招きいただき感謝するよジオルド。セシル様とは娘も仲良くさせていただいているからね。アヴィリア、挨拶を」


 私たちを出迎えたのは公爵家当主、ジオルド・バードルディ。セシルのお父様。

 招待客にかける言葉にしては随分軽いように感じるけど、実はこの二人、幼い頃からの知り合いなんですって。

 王国騎士団に所属し、将軍という地位を与えられている父と、国の宰相を務めるバードルディ公爵はともに国王陛下を支える側近同士。仕事上の相棒ってやつかしらね。


「久し振りだね、アヴィリア嬢」

「お久し振りでございます、バードルディ公爵。本日はお招きありがとうございます」


 ドレスの裾を軽く摘まんでカーテシー。淑女教育の成果の見せ所だ。立派なレディになれるよう鋭意修行中。隣でお母様が満足そうにしているので成果は上々だろう。


「暫く見ない間に、母君に似て綺麗になったね」

「あ、ありがとうございます」

「娘がいつも君の所に押しかけているだろう。君に迷惑をかけていないかい?」

「とんでもございません。いつも仲良くさせていただいているのは私のほうです」

「はははっ、いい娘さんじゃないかロイス。いろいろ噂は聞いているよ。どうだろう、うちの息子……」

「断る」


 笑顔から一転。真顔になるお父様。

 その代わり身がこわいです。ていうか社交辞令ですよお父様しっかりして、お顔戻して。


「……相変わらずだなお前も。まあ、自分の娘が可愛いのは私もわかるがね。こんなに可愛らしい娘ならば、子煩悩になってしまうのも無理はない」

「うんうん」

「少し前までは『おとーさまおとーさま』って言って私の周りをちょこちょこちまちましてたのに、今では『アヴィ、アヴィ』と……たまにはパパもかまってほしい…………」

「わかる、わかるぞ。ウチも今では…………」


 娘前にしてそういう話やめてくれませんかねお父様ズ。

 なんだこの人たちただの親バカか。類友か。

 バードルディ公爵、おとーさまとアヴィの部分だけ声が裏声でしたけど、もしやセシルのマネです?


「ヴィコット夫人、お嬢様。どうぞ此方へ、テラスにお茶をご用意いたしましたので」


 そんな男たちをさらりと無視して私たちを案内してくれるバードルディ家の執事さん。これは完全に慣れてるわ。




 案内されたテラスは庭に面した作りになっていて、先ほどの噴水もよく見えた。鮮やかな花々に囲まれてかすかに聞こえる水音が夏の暑さを和らげてくれる。

 前世で何度か足を運んだイングリッシュガーデンを思い出す様式だ。


「素敵なお庭ですね」

「ははは、ありがとう。良かったら少し歩いてくるかい?」

「よろしいのですか?」

「勿論。我が家自慢の庭園だ。奥には妻の趣味で薔薇のアーチもあるんだ。是非見ていってくれ」


 正直な話。パーティーが始まるまでここで静かに大人の話を聞きながらじっとしているのもごめんだったので、公爵の言葉は大変ありがたい。

 ちらり、とお母様の顔を覗くと、小さくコクりと頷いてくれた。


「では、お言葉に甘えて。少々失礼致します」


 小さく頭を下げたあと、案内役のメイドに連れられてテラスを出た。

 あの素晴らしいお庭をじかに歩けると思うと、はやる気持ちが抑えきれず、心なしか足早になる。


「いい娘さんじゃないか。やはりうちの息子に」

「断る」


 後ろでこんな会話がされていても、お庭のことで頭が一杯の私の耳にはまったく入ってこなかった。




 ***




 広々とした庭には季節の花が沢山咲いていた。

 色鮮やかなジニア。淡いノウゼンカズラ……、そのどれもが夏の日差しを浴びてキラキラと輝いている。


 バードルディ夫人自慢という薔薇のアーチは鮮やかな深紅が本当に見事で、歩いているだけで気分が上昇していく。

 セシルはいつもこの庭を歩いているのねと、思わず想像してみたらあまりにも似合い過ぎてなんだか自分が少し恥ずかしくなってきた。


(薔薇の中を歩く金髪美少女とか……。もはや絵画の中の世界だわ)


 しばらくはそのまま景色を楽しんで歩いていたが、その先に思いがけないものを捉えて思わず足を止めた。


「あら、これって……?」


 整えられた道すじの端で花々に隠れながらも地面を覆うように生える緑色は一見ただの雑草にしか見えないけど……。


 私はその葉をプチリと一枚摘み取り、指で擦り合わせて匂いを嗅いだ。


「……やっぱり! これレモンバームだわ」


 レモンを思わせる爽やかな香り。前世ではハーブティーを入れるときによく使用した。自宅のプランターでも沢山育てていたそれは、よくよく辺りを見回してみると、いたるところに生えていた。


「あっ、あれは……!」


 そうして新たに見つけたもの。同じように「生えている」それを、また一枚摘まんで同じように匂いを嗅いでたしかめる。


「ペパーミント……!」


 これまたとても馴染み深いものを発見してしまった。

 見るかぎり植えられているわけではないこれらは、おそらく風で種が飛んできて勝手に生えてきたものだろう。


(どこかで育てて……違うわね、たぶん近くに群生している場所があるんだわ……!)


 そもそもこの世界ではハーブが浸透していない。育ててる人がいるとは思えない。

 ハーブという概念がないからこそハーブティーさえもなくて、それを知ったときはひどくがっかりしたものだ。

 けど、ハーブ自体はこの世界にもちゃんとある――――……。


(だったら、これでハーブティー作れるじゃない!!)


 紅茶オンリーの飲料生活とはおさらばできる。ハーブティー好きの私にとって、これは見逃せない事実。

 このふたつだけでも十分作れるけど、探せば他にもあるかもしれないわ……。


(帰ったらルーじぃに聞いてみようっ!)


 桜茶も好評だったことだし、出来上がったら是非ともハーブティーも飲んでもらいたい。

 上手くいけばこの世界にもハーブの良さが広がって、この世界でもハーブティーなんかが売られるようになるかも!


(んふふっ)


 内心、それはちょっと甘いかなぁと思いながらも、あるかもしれない未来に私は胸を踊らせた。




 だが、この『ちょっと甘い』考えが、のちに私の人生に大きく関わってくるなんて。

 それこそ私は、思っていなかった。


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