第3話 私は開き直る
しかしそれから半月後。現実とはかくも厳しいものであると私は早々に思い知ることとなる。
さんざん心の中で悪態をついたのがまずかったのか、神とやらが私の願いを聞き届けてくれることは結局なかったのだ。
記憶を取り戻してから早半月。残念なことに現状は何も変わらず、こうなれば我が身に残された選択肢はもはや開き直ることだけ。ふふふ。もう乾いた笑いしか出ないわよ。あはは、あはははははははははは……。
「……はぁ」
これはアレですかね。神からのなんかの試練なんですかね。やっぱ私なんかした? 罵倒したのがそんなに気に障ったんですか? でっかい存在のわりに心はちっちゃいんですね。がっかりです。
ふっ、まぁいいでしょう神とやら。そっちがその気ならその試練受けてやるわ。流行りの異世界転生、心から満喫してやろうじゃないの。元社会人の柔軟性と諦めの良さをなめないでいただきたいわね。
新しい環境、新しい人生。いいじゃない素晴らしいじゃない、やってやるわよ。ええ。
(第二の人生、存分に謳歌してやろうじゃないの!!)
志高くベッドの上でぐっと小さく拳を握っていると、部屋の扉がノックされ一人のメイドが入ってきた。
「失礼いたします、お嬢様。お飲み物をお持ちしました」
「ちょうど喉が渇いていたの、ありがとうテラ」
握りしめていた拳を慌てて隠しにっこり笑顔でお返事。
元社会人からすればこんなこと何でもない。学生時代のアルバイトで培った0円スマイルは社会に出た後はもちろん、現在も非常に役に立っている。
「――――〜〜っ、い、いえ、それでは失礼いたしますっ!!」
そしてとても素早い動きでお茶を入れさささっと部屋を出て行ってしまう。
あんなに速い動きでも姿勢を崩さずバタバタ足音さえ出さずに優雅に去っていくのだから我が家のメイドは本当に有能だ。
だがしかし。
「いい加減慣れてくんないかなぁー……」
先ほどのはここ半月であきれるくらいに見慣れた光景なのである。
前世の記憶を取り戻してから、アヴィリアの性格はこれまでとはガラリと変わり。
無駄に威張り散らすことはしないし、癇癪を起こして騒ぎ出すこともなくなった。
わがままお嬢様の被害を一身に浴びていたメイドたちからすれば、こんなに嬉しいことはない。
毎日の服装から髪型。お茶やおやつの種類に至るまで、少しでも気に入らなければ毎度ギャーギャー喚かれていたのだから。
それでも相手が屋敷のお嬢様では逆らうこともできず、黙って従うしかない。
そのせいで必要以上に近づかれず、距離を置かれていたのだが、今の状態になってからは関係が少々改善されその距離もなくなった。
そして庶民的感覚がいまいち抜けきれないため、相手が使用人であっても当たり前のようにお礼を口にする。
それだけのことが彼らからすれば信じられないくらいに嬉しいことなのだ。
それほどアヴィリアの彼らに対する扱いはひどかったとも言えるが……。
毎朝の身支度に関しても、「今日はどのような髪型にしましょうか?」「こちらのお洋服はいかがです?」なんて、以前では絶対になかったような会話を最近では普通に交わせるようになった。
毎度着せ替え人形のようになっているというのはちょっと困るけど……。
それについてはアヴィリアの容姿が非常に整っているということも一つの原因だろうと思われる。
薔薇のような紅い髪はふわふわと柔らかく、オレンジの瞳は大きなアーモンド型。肌は白く透き通ってきめ細かく、まるでお人形のよう。
そんな姿は誰が見ても美少女と言うだろう。わが顔ながら鏡を見るたびに自分でもそう思う。ちょっと他人感覚だけど……。
そして中身が大人なためもあり、今のアヴィリアは十歳の子供にしては非常に落ち着いている。
そんな大人びた姿は、以前のアヴィリアを知っている者からすればひとたまりもない。
おかげで湖の精霊説はここ半月ですっかり信憑性が増し、たまに使用人たちがお供え物片手に手を合わせに行っているらしいというのだから全く解せぬ。なんでそうなったよ。
(しかし、ホントに異世界なのね、ここ……)
窓の外に広がる青空は元の世界と同じなのに、その下に広がる景色は元の世界とは全く違う。
――――アースガルド王国。
緑あふれる自然豊かな平和な国。
かつて精霊と心を通わせることができたと言う始祖によって建国されたこの国は、精霊を祀り、もっとも尊いものとしている。
日本のような神を信仰するという習慣はこの国にはない。
自然界のありとあらゆるものに精霊はいて私たちの暮らしを支えてくれている。というのが始祖の教えだ。
それもあって、私の豹変ぶりをきっかけにあの湖には間違いなく精霊様が住んでいらっしゃる! と屋敷内ではまことしやかに囁かれているのだが。
けれど違うところもあれば、同じところも沢山ある。
犬や猫、鳥などの動物たち。食事に使われている調味料など、それらは前の世界と一緒だ。
(ソースとかオリーブオイルとか……普通にあったしな)
しかも似ているとかじゃなく名前まで全く同じ。本当にどういう世界なんだろう。
(ま、世界のことなんて、いくら考えたところで分かるわけないんだけど)
何もかもが違う別世界に放り出されるよりはマシだったと思っておこう。
考えることを放棄して、テラが用意してくれたお茶を冷める前にいただく。
香り高いミルクティーに、紅茶の味は変わってなくてよかったと思いながらゆっくりと味わった。
と、屋敷のどこかから突然、湖の精霊様ばんざーーーーいっ!! と叫ぶテラの声が聞こえてきて一気に気分が冷めた。
テラ。あなた最近隠さなくなってきたわね……。
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