第4話 性悪令嬢にも友達はいます


 記憶が戻ってひと月が経過した。


 季節は夏から秋に変わり、過ごしやすい気候が続いている。その頃になってようやく部屋から出る許可が下りた。

 というのも、私の身を案じたお父様が「まだ安静にしてなさい」と言って部屋から出ることをなかなか許してくれなかったせいだ。


 溺れたくらいでと思わなくもないが。そのせいで人格が豹変したこともあり、もともと子煩悩だった性格にさらに輪をかけたらしい。それが分かるのでわがままも言えなくて、むしろ心配かけてごめんなさいと謝ったら父は何故か目元を覆って天を仰いだ。

 いくら可愛がっていた愛娘とはいえ、わがままな癇癪持ちに手を焼いていたのは使用人だけではないようだ。


 しかし実の父親までこの反応とは。アヴィリア、あんたよっぽどだったのね……。




 ***




「でも本当に良かったわ、アヴィが元気になって」

「大げさよ、もともとちょっと溺れただけで、怪我とかは全然なかったんだし……」


 そして現在。自室でのニート生活を脱した私は、見舞いに訪れてくれた友人と共にヴィコット邸の庭園でのんびりとお茶を飲んでいた。


「…………ほんとに雰囲気変わったわねぇ……」

「ほ、ほほほほほっ」


 しみじみとつぶやかれた言葉に引きつった笑いが漏れる。

 珍しいものでも見るような目でこちらを見つめてくる彼女の名は、セシル・バードルディ――。

 アースガルドを代表する公爵家の一人娘で、さらりと風になびくハニーブロンドと宝石のように煌めくエメラルドの瞳はまさに絵本の中のお姫様そのもの。


(アヴィリアといいセシルといい……、この世界やけに顔面偏差値高くないか……?)


 会う人会う人みんな、異様に整った美形ばかり。この世界に来てから美的感覚が少々狂いそうになっている気がする。元日本人の目には若干まぶしいです。


「このケーキ美味しいわね」

「王都で人気のお店のだもの! アヴィの快気祝いに張り切って並んじゃった!」

「セシルが並んだの!?」


 人気店のスイーツを買うために公爵家の令嬢がお店の行列に並ぶとか……。よく周りは止めなかったわね。


 セシルが差し入れてくれたイチゴのショートケーキは前世でも滅多に口にすることのなかった高級洋菓子店のそれとも引けを取らぬ美味しさだった。この世界の職人もいい腕してる。

 これが箱の中から姿を現した時はこの世界にもイチゴショートあるんかーいと思わず心の中で突っ込んでしまったわ。仕事してくださいファンタジー。


「止められたけど、友人のお祝いくらい自分で用意したいじゃない?」


 そう言ってにっこりと笑うセシルの可愛らしさと言ったら……っ!

 公爵家の令嬢だというのに気取ったところは少しもなく、親しみやすくて話しやすい。

 なにこの娘、天使かな?


 お家の身分的にはすごい差がある私たちだけど、出会いはほんの数年前――――。

 彼女の遊び相手にと、私が選ばれたことがきっかけで知り合った。


 貴族の子供は基本、近しい家柄の子供の中から遊び相手を選ぶものだけど、父親同士が旧知の仲だという繋がりがあったために私に白羽の矢が立ったのだ。

 これってすごい光栄なことなのよ? 公爵令嬢のお友達になりたい多くの子たちを差し置いて選んでいただいたんだから。


 ……もっとも。そんな大人の事情なんてわがままお嬢様はこれっぽっちも理解してなかったんだけど。


 自分より地位が高く、見目も整ったこの美少女をアヴィリアは当然のように毛嫌いした。散々暴言を吐いたし粗雑に扱った。

 伯爵家の娘が公爵家の令嬢をないがしろに扱うなんて……。

 ほんとよく今まで無事でいたもんだよ。首がズバっと逝っててもおかしくないし、下手したらお家取り潰しだよ? ぶっちゃけ今でもちょっとドキドキしてる。


 それもこれも、他ならぬセシル自身が私を友人と呼んでくれるおかげだろう。

 アヴィリアのぞんざいな扱いを受けてなお、私たちの交流が続いているのはセシルがその繋がりを切ろうとしないからだ。

 どんなに嫌悪感を向けられても、酷い言葉をぶつけられても、セシルは決してアヴィリアから離れずに、友人としてそばに居続けた。

 周りの人間はそんなセシルの行動にさぞ首を傾げたことでしょうね。


 そんな彼女はアヴィリアが湖で溺れたと聞いた時も、すぐさま馬車をかっ飛ばして駆けつけて来てくれた。

 お姫様のような美少女が道場破りよろしく屋敷の扉を勢いよく開けて現れた時は、あまりの迫力に何のホラーかと思ったよ。


「アヴィリア様あぁーーっ!? ご無事ですか大丈夫ですか私が分かりますかだいじょーぶ!? ご安心くださいっ、貴方を苦しめた湖とやらは私が責任をもって水という水を全っ部吸い上げて跡形もなく埋め尽くしてやりますからっ!」

「怖っ!? いや、おち、落ちついてっ!? 私はこの通り全然大丈夫だから! そんなことしたら自然破壊だからっ!」

「…………は」

「ほんとにちょっと溺れちゃっただけなのよ……、もうなんともないから。ごめんなさいね、心配かけて……」

「………………は」


 私の返事を聞いた彼女はそれまでの勢いが嘘のように消え、まるでこの世のものではないものを見ているかのようにその綺麗な瞳をかっ開いて固まった。

 硬直が解けた途端、「アヴィリア様が全然大丈夫じゃなーーーーいっ⁉」と令嬢にあるまじき叫び声を屋敷中に響かせていた。


 うん。目を覚ましてから今までに幾度と見てきた反応ですね。友よ。キミもか……。

 まあ、いつもの私なら「うるっさいわね! 何しに来たのよあんた!! そのうるさい口を今すぐ閉じなさいっ!」くらいの暴言が返ってきてるだろうしね。


 その後、近くにいたメイドからことの詳細を聞いて事実を知るが、うろたえたのは最初だけで以前と変わらず友人のまま、変わらず一緒にいてくれる。

 部屋で過ごしていた時も数日置きに顔を出しに来てくれて、逆にこっちが申し訳なくなるくらいだった。


(ほんと、なんでこんな良い子がアヴィリアの友人だったのか本気で謎なんだけど……)


 答えは迷宮入りしそうな感じ。ホームズもお手上げの事案。

 以前はお世辞にも良い関係とは言えなかったが、今では気軽な口調に愛称で呼ぶようにもなって、すっかり仲のいい親友だ。


「家を出る時にお兄様にも声をかけたんだけど、また逃げられちゃったのよねぇ……」

「お兄様だっていろいろ忙しいんでしょうに。無理を言ってはダメよ」

「ぜーーったいに会わせたいのに! 今のアヴィを見たら絶対驚くわよあの人」


(それはあまりの豹変ぶりにということですかねセシルさん)


 ははは。思わず乾いた笑いが漏れた。


(セシルのお兄さん、ねぇ……)


 セシルのふたつ違いの兄、ウェルジオ・バードルディ――――。


 彼とは過去一度だけ会ったことがある。さすが兄妹なだけあって、セシルによく似て金髪の美少年だったことは微かに覚えている。

 わがままお嬢はかっこいい男の子に気をよくしてさんざん付きまとったんだよね……。

 それがよっぽど嫌だったのか、それ以来彼と顔を合わせることはなかった。アヴィリアがバードルディ邸を訪ねた時も留守だったし、今回のようにセシルが声をかけても何かと理由をつけて断っている。

 ……明らかに避けられてるわよね、コレ。


(いつかは、また会うこともあるんだろうけど……)


 セシルには悪いが、こちらから無理に会うこともないだろうというのが本音だ。


「最近周りとの関係はどう?」

「問題なく良好よ。最近はすっかり気さくに話しかけてくれるし、ちょっとした冗談なんかも言ったりするのよ」


 私の記憶が戻ってから、セシルはたまにこうして周囲との関係を聞いてくる。

 最初はどうしたのかと思ったものだが、セシルはおそらく私の人間関係を心配してるんだろう。

 以前のアヴィリアのメイドに対する扱いは、もはや奴隷に対するそれだったと言ってもいいくらいに酷かったから。

 いくら私の中身が変わったとは言っても周りにいる人間はそのままなのだから、うまくやれているのかどうか……、そりゃあ心配にもなるだろう。


「そう、良かったわ!」


 そして私の答えを聞いてはほっとした笑顔を見せる。

 多分、随分前からアヴィリアのあまりにも悪すぎる周囲との関係を心配してくれてたんだろうな。


 同世代の子に人間関係を心配される十歳児とか……。


 そして粗雑な扱いを受けていたにもかかわらずそんな相手の周囲まで気遣えるセシルが本気で天使に見えてきた。



 ほんと、なんでアヴィリアの友達なんてやってたんだろ……。


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