第8話 アヴィリアと歌とコロッケ
それは、私が記憶を取り戻して数ヶ月経った頃のこと――――。
「ふ、ふ、ふ、ふーん、ふーふふふ、ふっふふふーん♪」
本日もお菓子作りのためにお邪魔したヴィコット邸の厨房に私の元気な歌声が響く。
「ご機嫌ですねお嬢様」
「ええ! 今日は天気がいいから、クッキーが焼けたらお庭のテラスでお茶をしようと思ってるのっ」
歌を歌いながらお菓子作りなんて、大人の姿では恥ずかしくって到底できなかったことだけど、幼い子供だというなら何もおかしいことなどない。むしろ微笑ましいだけだ。
子供ながらの不便もあるけれど、基本的に子供は自由な生き物。
子供だからこそ出来ること、許されることは多い。
多少ぶっ飛んだことをしてしまっても、周りは大抵「子供のすることだから……」でサラリと流してしまうのだ。
(ああっ、なんて素晴らしいのかしら子供って……。何ものにも縛られないこの肩のかるーい感じ……まさに天国っ!)
元社会人からすれば実に羨ましい限りである。
私は今日も今日とて子供としての生活を十分に楽しんでいた。
現状にすっかり浮かれて知らぬうちにハメを外していたのだろう。
事件は私の知らないところで着々と進んでいたのだ……。
***
「お嬢様、最近よく歌を口ずさまれているわね~」
「歌いながらお菓子作りとか、天使か」
白いエプロンをヒラヒラとさせながら厨房の中をアッチへちょこちょこコッチヘちょこちょこと動き回る十歳の子供。和む。
「不思議な歌が多いよな。お嬢様の創作か?」(←違う)
「聴いたこと無いものばかりだもんなぁ、異国の歌か?」(←ある意味正解)
「でもなんか耳に残るんだよなー、お嬢様の歌。俺あれが好きだな、愛と勇気が友達のヒーローの歌」
「ああ、なんか格好いいよな!」
アヴィリアが口ずさむ歌は聴いたこともないものなのに、一度聴くと何故か耳に残って離れない物が多い。
それがアニソンの魔力というものだが、馴染みのないこの世界の人にとっては立派に不思議な現象扱いである。
そして今回。その現象によってこの異世界に新たな文化が産み出されようとしていた。
「ふ、分かっていないなお前達……」
「料理長?」
「お嬢様の歌は確かに素晴らしい。だが、中でも特に素晴らしいのは、不思議なポケットで夢を叶える歌でも人様の魚をネコババするどら猫の歌でも無い!」
「おや、では貴方は何がそれほどまでに素晴らしいと……?」
ふふふ、と意味深に笑う男の真意は、果たして夕食の席で明らかになるのであった。
***
(こ、これは……っ)
目の前に差し出された『それ』を見た瞬間。私はあまりの衝撃に一瞬呼吸を忘れた。
油でカラッと揚げられた綺麗な黄金色の表面から立ち上る香ばしい香り、周りに添えられた千切りキャベツ……。
地球に生きる日本人ならば誰もが知っている、けれどこの異世界にしてみれば思いっきり違和感しか感じない日本の食卓に馴染み深いソースとの相性が大変よろしい『それ』は紛れもなく……。
(こ、ここ、ここころコロっ……)
「これは……? 初めて見るものだね。どこの食べ物だい?」
「はい。こちらは料理長がお嬢様が歌っていらした歌の通りに作ってみたものなのです。それがあまりにも良い出来映えだったものですから、是非ともお嬢様に食べていただきたいと……」
「ああ、あの厨房を冒険するような歌」
「はい! お嬢様、どうぞ召し上がってくださいませ。料理長の自信作なんですよ!」
「え、えぇ……」
(うそでしょ!? 私、異世界にコロッケ産み出しちゃったの!?)
まじかい。
ただ歌っていただけなのにまさかこんな展開がやって来るなんて夢にも思わなかった。
そしてそれを完璧に形にする我が家の料理長まじパネェ。あんたのほうが凄いわ。
だがしかし。例え心の中がスコールなみに吹き荒れていたとしても、残念なことに人間の身体はどこまでも正直だった。
久々に見る懐かしいメニューを前に手を止めることなどできるはずもなく、促されるままにコロッケを口に運べば、その瞬間口の中いっぱいに広がる懐かしい味が……。
(――――――〜〜っ!!)
正直言葉もなかった。目の端にじんわりと涙が滲んでいるのが自分でもわかる。
(信じられない、まさかこの世界でコロッケが食べられるなんてっ!)
吹き荒れるスコールなんて瞬く間に吹っ飛んで心の中に晴れ間が広がった。ああ、まさかコロッケひとつにここまで感動する日が来ようとは……。
「ほお。確かにこれは中々の出来だ。今度お城に持っていって見ようか……」
「ごほぉっ!!」
衝撃再び。油断した所にまさかの攻撃。ダメージは主に喉。
食べ物を口にしたまま思いきりむせるとは……。令嬢にあるまじき失態。でも不可抗力なんですだからその鋭い視線はやめてくださいお母様怖いです……っ。
「あ、あのお父様。お城って……」
「うん。城に出向く時にでも持って行ってみよう。それとも次の建国祭で品評会に出して見ようか……。君、後で料理長を呼んでもらえるかい。上手くいけば、陛下からお言葉が貰えるかもしれないよ」
「は、はいっ!」
はわわわわっ。なんか事が大きくなってきてる!?
大慌てで厨房に戻って行くメイドを視界の端っこで見送りながら、私はあまりの出来事に言葉もだせずに固まっていた。
思わずきらびやかな王室の食卓に、こんな代表的な庶民料理が並ぶ所を想像してしまう。すごくシュールだ。
どうしよう、とんでもない事をしたかもしれない…………。
が。
(…………………………ま、いっか)
そこまで難しく考えることでもないでしょ。別に爆弾を生み出したわけでもないんだし。
そんなことよりも今は目の前のコロッケを存分に味わうことの方が大事大事。
(コロッケがこっちでも普通に食べられるっていうなら私も嬉しいしねっ)
歌っててよかった。漫画の神様ありがとう。コロッケ美味しいナリ。
ふむ。次はクリームコロッケとか、打診してみようかな……。
んふふふふふふふふ。
しかし、それからというもの。ヴィコット邸の厨房ではコロッケの作り方の歌がよくよく聴こえるようになって、さすがにちょっと浮かれすぎたかと反省した。
今後はちょっと自重しようと思う。
――――――――――――――――
アヴィリアさんが序盤で歌ってたモノ……
“◯いする、◯ォーチュンクッキー♬”をイメージしました。
そしてコロッケの歌といえばもちろんアレですよアレ(笑)
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