第6話 はじめてのクッキー
「お嬢様、言われたものはこちらで全部です」
「ありがとう」
料理長から全ての材料を受け取って私はざっとそれらを見渡す。
砂糖とバター、牛乳と卵。そして小麦粉。
思ったとおり、目の前に並ぶそれらは馴染みある材料と同じものだった。
(調味料もある程度のものは揃ってるし……、大体のものはここでも作れそうね)
よし。それでは早速!
「あのお嬢様、これでいったい何を……?」
「決まってるでしょ? お菓子を作るの」
「お!? お嬢様が、お菓子作り!?」
服の後ろできゅっ、とエプロンのリボンを結ぶ。メイドから借りたものなのでちょっとぶかぶかだけど、ま。大丈夫でしょ。
後ろで驚愕の顔を浮かべたままの料理長を無視して私は早速材料に手を伸ばした。
まずは、小麦粉の量を計り、振るいにかける。バターを湯煎で溶かし。あとは砂糖と牛乳、卵……。
「ほう……。クッキーですか?」
材料を見ただけで作るものが分かったのか、料理長が小麦粉と卵を混ぜ合わせているボールの中を覗き込んでくる。
「ええ。作り方もとても簡単なのよ」
「作り方、お知りなんですね……?」
意外そうに言葉を返す料理長の声に、ぎくりと体がこわばった。
「あ、あの、ほら! 書庫にあるお菓子の本を読んだのよ。これなら私にも作れそうだわー……って。ほ、ほほほほほほほっ」
「ああ、お嬢様は勉強熱心ですな。それに行動的だ」
ほ。どうやら誤魔化せたみたい。
(危ない危ない。そういえば“アヴィリア”はお菓子作りなんて一度もしたことなかったわ)
というよりも、本来なら貴族の令嬢が厨房に立つことすら珍しいのだが。
「あの、材料はそれだけでよろしいのですか?」
「ええ。これで十分よ」
プロの料理長から見れば簡単な材料しか使っていないお粗末なクッキーかもしれないけど、家庭用の手作りお菓子なんてこれで十分だ。
材料を混ぜ合わせた生地を手のひらの上で適当な大きさに丸めたら、ぐっと押しつぶして平らにする。
このレシピは形抜き用ではないのでいつもこのやり方だ。
「料理長、竃を使いたいのだけど……」
「此方に準備してありますよ」
当たり前だがこの世界にはオーブンなんて便利なものはない。お菓子を焼いたりするのは全て竃を使うのだが、さすがに竃の使い方はわからないので、ここはプロに手伝っていただく。
そして約一時間後――――――。
『おお――……』
厨房にいる全員の声がひとつになった。
「クッキーだ……」
「ええ。紛れもなくクッキーですわ……」
「普通に、クッキーだな……」
失礼な!
誰も信じてなかったんだな。皆してまさか本当に出来るとは、みたいな顔しやがってからに。
「料理長、良ければ味を見ていただきたいのだけど……」
「おや、私がですか?これはこれは。お嬢様の始めての手作り菓子を一番に頂けるとは光栄ですな」
実際は、もう何回も作ってる。
私が最初にこのレシピで作ったクッキーは、生地にダマが残っていたり分量を間違えたりでそりゃもうひどかった。ちなみにその失敗作は全てお父さんの胃におさまることになりましたが、なにか?
「むっ! これは……」
「どうかしら?」
クッキーをひとつ摘まんだ料理長が驚いたようにクッキーを凝視する。
「これは凄い! サクサクして口の中でほろっと崩れて…………。お嬢様、大成功ですよ!」
「本当に!? 良かったら皆も食べてみて? 感想を聞かせてほしいの」
「お、俺たちもですか?」
「よろしいのですか?」
「ええ、ぜひっ!」
せっかくだから厨房にいる他の料理人やメイドにも味見をしてもらう。
仮にも貴族の屋敷で働く人たち。料理人にいたってはそれなりの腕を持つプロが揃っている。彼らの意見を聞くに越したことはない。
「ん、こりゃあ……」
「まあ、こんなサクサクしたクッキー始めて」
「ほんと、美味しい!」
周りから次々に上がる声に、どうやら好評のようだと一安心。
「あの材料だけでこれが作れるのか……」
「素朴だけど、なんだか懐かしい味だわ」
「田舎のお袋がガキの頃に作ってくれた味に似てるなぁ」
でもそこまで言われると、さすがにちょっと照れくさいわね……。
こうして、私のこの世界での始めてのお菓子作りは大成功に終わった。久々に味わった慣れ親しんだ味に私の胃袋も大満足だった。
ちなみに。出来上がったクッキーはお父様とお母様にも食べてもらったんだけど、上手に出来たわねと笑うお母様に比べて、お父様は一番最初に食べたのが料理長だということに大変ショックを受けてらっしゃった。
「アヴィリア、次に、次に何か作る時は一番に、い ち ば ん に、パパの所にもっておいで。いいね。パパの所だよ」
その涙ぐんだマジな瞳はぶっちゃけ引きますお父様。
でも怖いので次からは真っ先にお父様の所に持って来ようと思います。
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