2-7-5 スーパーマン青波
― 坂上が目標の捕獲を連絡。さて今回の不可解な事件、その真相は…?
坂上 優の場合
「アルファ7、対象を捕獲、至急合流します。」
俺は早見の口調でそう言った。それは一種の冷やかしであったが、早見からはなんの反応もない。
…あれ、これやっぱ根に持ってる感じのまずいやつか?
「よくやった坂上!さっすが私の相棒!」
どうやら俺の懸念は、杞憂に終わったようだ。助かった。
俺は調子を取り戻したように声を出す。
「いつから俺はおめーの相棒になったんだよ。ま、とりあえず青波さんもこっちまで来てもらえる?」
「あ、はい。わかりました。」
なにがなんだかわからないように困惑した声で、青波さんは答える。
さあ、答え合わせの時間だ。
青波さんと合流してからすぐに、早見、そしてもう二人の女子も続々とこの場に集まってきた。
「ちょっとちょっとどういうこと…、青波ちゃんが振り返る前からずっとこの道を見ていたけど人影なんてなかったし、路地にも誰も入って行かなかったよ。それなのに坂上君が犯人捕まえたってどうして…?」
そうすると、手元にいた俺の腰くらいまでしか背丈がないそれが、口を開いた。
「ぼく、はんにんなんかじゃないもん、かいとのおねえちゃんがスーパーマンになるとこみにきただけだもん。」
「スーパーマン!?」
青波さんが思わず声をあげる。俺も最初に聞いたときはびっくりした。大袈裟になってはいるだろうと思っていた自慢が、まさか伝説のヒーローというレベルにまで引き上げられていたとは、声をあげて驚いても仕方がない。
「つまりはこういうことだ、青波さんの弟さんは、おそらくお姉ちゃんがすごいかどうかみたいな話でクラスメイトと少し揉めた。そこでやけくそになった弟さんは、クラスの同級生に、自分のお姉ちゃんがスーパーマンであると宣言した、泣きながら、かな。それを聞いた素直なクラスメイトたちはスーパーマンを一目見に、五時のチャイムのあと公園から帰ってくる途中でここに寄っていた、というわけだ。」
それであの日、学校から泣いて帰ってきたんだ、とはっとする青波さんに俺は頷く。
「あと、高校からの帰り道でしか視線を感じなかったのは、多分子供たちの青波さんを見つける手掛かりが、高校生である、つまり制服を着ていることくらいしか無かったからかな。」
そうすると、今度は腑に落ちないという様子でクラスメイトの女子二人が声を上げる。
「でもなんでまたストーカーみたいに…。」
そこは俺も一瞬引っかかった要素ではあったが、それもまた、スーパーマンであるということが説明してくれた。
「それは、スーパーマンが人目につくようなところで変身なんてするわけないからだよ。」
「なるほど。」
案外すぐに納得してくれた二人に合わせて、俺は答え合わせを続ける。
「で、補足していくと、隠れる場所がその路地以外にないこの真っ直ぐな道で身を隠すには、やはりその路地に隠れるしかない。けどこの狭く入りづらい場所に大の大人がすぐに隠れることは不可能。つまり犯人は背が低く、この路地に簡単に入れるほど小柄な人物っていうことになる。」
「でも私たちずっとこの道を見てたけど、子供なんて通らなかったよ?」
俺は予想していた反論が予想通りのタイミングで来たことに、若干テンションが上がる。
「この路地は更に進もうとすると、邪魔なものがあったり、通路が狭くなったりで成人にはとても通れるような道ではなくなるけど、一応向こう側の道に続いてる。ここに来てから向こう側の道を通って遊びに行く子供たちが何度か見えたから、子供であれば向こう側の道からここまで来ることができるかもしれないっていうことはすぐに予測が立った。まあ障害物にはたくさん当たってしまっていたみたいだけど。」
「だから、足音と一緒に何かが倒れるような音がしてたんだ…。」
周りが予想だにしない答えで皆が納得していくこの状況。やはりとても気持ちがいい。
「正解、それは多分そこのゴミ箱からはみ出たゴミかな。」
ここまでの説明を踏まえてか、青波さんは少し不可解そうな顔をした。
「ということは、足音は結構遠くでなってたんだね、私てっきり近くまで迫ってくるようなものだと思って…。」
そこまで言って青波さんは、少し申し訳なさそうに視線を下げた。しかし俺は間髪入れずに続ける。
「いや、それもその通りだよ、この子は俺の目の前、つまり青波さんの方からは見える場所まで来てた。」
どういうこと、というように首をかしげる青波さんを差し置いて、クラスメイトの女子が口を挟む。
「あ、そのゴミ箱の裏にいたってこと?」
正解、と口ずさみながら俺は彼女に目を向ける。
「そういうこと。道に出た後、青波さんが後ろを振り返るまでの時間にこのゴミ箱の裏に隠れれば、足音が道から聞こえているはずなのに、その道には誰もいないっていう構図を作ることができる。」
おおーと歓声の声が上がる。やはり、このような仕事にやりがいを感じるのが俺の性であるらしい。
「まあこの子たちがそんなことを意図してるとは思えないから、単純に、偶然と、青波さんの起こっていることに対する関心の低さが相まって、あたかも不思議な状況が作られてる気がしてたってだけかな。」
「…ごめんなさい。」
責める気は全くなかったのに、青波さんを謝らせてしまった。これはまずいという予感が俺に走る。
「坂上―?」
早見がジトーっと俺を見つめる。そんな目で見るな。
「あーごめんごめん。全然責める気はない。」
俺が慌てて声を上げると、小さな犯人がなにかに気づいたのか、急に口を開いた。
「ねえ、ぼくもうかえってもいい?おねえちゃんきょうはもうスーパーマンならないみたいだから。」
… まだスーパーマンではあるのか。
「あ、うん、いつも
「うん、ばいばい。スーパーマンのおねえちゃん。」
二時間かけて見つけた目標は、簡単に手元から離れると道の先にいる中学生と思わしき女子生徒の元に駆けだしていった。あれはあの子のお姉ちゃんか?
「あー、一番大事な誤解が解けてない…。」
青波さんのぼやきに、今浮かんだ疑問はすぐにかき消されて、一斉に吹き出した俺たちだった。
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