寝ぼけ姫と朝の一幕

我が家の朝は早い。両親ともに早朝出勤が常であるこの家では朝六時には朝食、七時には揃って家を出ているのがもはや毎日の習慣だ。幼児の体にはなんとも辛いものがあったが、何年も続けば人は慣れるもの。午前五時、いつの間にやら目覚ましもなく瞼を開けるようになった体に恨み言を零しつつ四肢の気だるさを押し流す。


「姉さん、起きて。もう時間」

「んみゃ……」


 対して、隣で幸せそうに寝息を立てる姉はどうにも朝が弱いようだった。口元をむにゃむにゃさせつつぎゅうと腰に抱きついてくる。二歳年上の自分より大きな体で抱き着かれるとこちらは身動きが取れないのだ。いずれ身長は軽く追い越すだろうとわかってはいても今、この瞬間にこうして拘束されていると屈辱のようなものを感じてしまう。


「起きろー、朝だぞー」


 布団を剥ぎ取って頬をぺしぺし。奇妙な鳴き声を上げて丸まるくせに抱き着く腕だけは離さない謎の執念をどうしたものか。仮にも自分を殺した相手に対してここまで変わらずしがみつけるとか、我が姉ながら神経を疑ってしまうのもやむなしだろう。毎日毎日飽きることもなく同衾だなんて能天気にも程がある。


「はあ……」

「んぅ……ゆー、くん……?」


 格闘すること数分、やっと眠り姫が目を覚ました。ぼーっとした顔で俺の姿を求めて手をさまよわせる姉さん。さっきまでしがみついていたくせにと苦笑しながら伸ばされた手を握ってやるとそのまま体を起こして寄ってくる。


「ゆーくん、ちゅー……」

「はいはい、ちゅー」

「んっ……」


 抱き留めると寝起きのキスをねだる姉。軽く数秒唇を重ねるとへにゃりと目もとを緩める。こうして、というかここまでしてようやく目覚めるのだ。相手が俺だからいいが、もしもこれで俺がいなくなったとき姉さんが無事に生きていけるのか心配でしょうがない。なにせ俺がここにいること自体なにかの冗談のようなものとしか思えないのだし。


「ん、ぷはっ。おはよ、ゆーくん」

「……おはよう、姉さん」


 まるで太陽を受けた向日葵が花開くかのような笑み。日頃から口にする「ゆーくんだいすき」を詰め込んだ、蕩けそうな幸福感を湛えた顔が眩しくてつい目をそらしてしまう。胸の内に巣食う罪悪感が暴れ出しそうだった。だって。


「(本当は、その笑顔を向けられる資格はもうないのに)」


 あの笑顔を奪ったのは誰だ、そう意識してしまえばダメだった。きっと今自分は酷い顔をしている。一刻でも早くただの結崎悠に戻らなければならない。

 珍しく慌てたようにどうしたの、と聞いてくる姉の追及を振り切りながらタオルと着替えをひっつかんで部屋を出る。シャワーでも浴びれば少しはましになるのだろうか。扉を閉じる寸前、泣きそうな声で姉が何かを言っていた気がしたが、もう既に耳には届いていなかった。

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今度こそしあわせをきみに 駄ウサギの焼肉。 @Yakiniku0907

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