エピローグ

 サイス・スポーツ・アンド・イラストレイティッド紙 WE一九九年四月三〇日号より。


『トーナメントを振りかえる』


 一三回めのサイス・トーナメントが波乱の幕切れをとげてから三週間が経過した。トーナメントの結果をなぞることはたやすい。詰まるところ次の三行で事足りる。

 参加台数 一一二

 参加GPS 三七

 優勝者 該当なし。

 長きにわたるサイス・トーナメントの歴史においても、優勝者なしという状況は初めてのことである。 

《デザート・ペンギン》が降伏した以上、生き残っていた《ライオット・スター》が勝者ではないかという意見も出されたが、オフィシャルによる協議の結果、その時点で《ライオット・スター》に戦闘能力があったとは認めがたいという結論に至り、最終的には無効試合が宣せられた。

 ガンロード挑戦者決定試合が無効となったため、ガンロード=アズール・グラックスの防衛が確定。大陸全土を見渡しても他にあまり例のない四期めの統治に入ることになった。しかし、サイスの行政はこれまでも市民の合議で運営されてきており、アズールはまったく関与していないという証言がある。それどころか、アズールという人物は実は存在しない、という怪情報まで存在するほどだ。

 この件について、ガンロードのパートナーにしてサイスの守護女神・シジフォスは完全に沈黙を守っている。

 いずれにせよ、大陸において最も長期にわたってガンロードの地位を守りつづけ、かつ、市政においては《君臨すれども統治せず》を地でゆく《静かなる王者》アズール・グラックスの続投は、地域住民からは歓迎をもって迎えられているようだ。


 今大会は波乱続きではあったが、若手のパイロットならびに女神たちの躍進にもめざましいものがあった。シジフォスへの挑戦はならなかったものの、将来有望な新鋭が続々と現われ、世代交代の時期は確実に近づいていることが実感できる大会でもあった。

 そこで、今大会で注目を集めたパイロット、女神たちのその後を紹介しよう。


 まずは、今大会で注目を集めた若手たち――


 大会でも有数の攻撃力を見せ《暴虐の紅》の異名をとった女神カーリーは大会終了後、パートナーとの契約を一方的に解消。現在はフリーだが、その気性と戦車の制御の荒さから、新パートナー選びは難航している模様。

 

《爆裂の乙女》ティルトウェイトは、パイロット・クォーターメンとの契約を継続。年齢差、実に四〇歳という異色のコンビだが、今後も転戦を続けることとなった。当年五五歳のクォーターメンは名うてのレディ・キラーとして浮き名を流したのと同時に、幾人もの高位の女神を育てたことでも知られ、さまざまな意味でティルトウェイトの将来が嘱望されるところである。


 この大会で出会い、パートナー契約を結んだ《ウィンディ・アッサム》のシン・ラクシュミと女神アコンカグヤは、一時は契約解除の方向で交渉が進められていたが、結局のところパートナーシップを継続することとなった。現在はアリス・スプリングスのトーナメント出場のため移動中とのことである。


 また、今大会で一回戦で敗れた《ハレーション》であるが、先ごろおこなわれたレイクリークのトーナメントで優勝。ガンロードにも勝利をおさめ、レオ・エランが載冠した。パートナーの女神ヒカリのランクは一気にC(コンダクター)にジャンプアップ。サイス・トーナメントでの経験がきっかけとなったのか、一気に才能を開花させた形である。


 そして、ファイナリストたちのその後については――


《ヘイトリッド》の女神クァントローはサイス戦後引退し、《カテドラル》に戻ったという。引退の動機についてはつまびらかにされていない。パイロットのサイラス・クラウンは新たな女神を探しているらしいが、まだパートナーにはめぐりあえていないとのこと。


《涅槃》の蓮華は引き続きキョオ・ムラサメとの契約を継続、現在は、全損した《般若丸》と同型の機体を製作中。機体の仕上がり次第、また転戦を開始するとのこと。本誌は蓮華のコメントを奇跡的に取ることに成功した。以下がその全文である。

『しかえし……して、やる』


《デザート・ペンギン》のサンドマンについては消息不明。この人物の前歴には謎が多く、かつてはどこかのガンロードだったのではないかとの説もある。今後のトーナメントへの参戦については、消息筋からは否定的な観測が流れている。


 そして、今大会、さまざまな意味で話題をふりまいた《ライオット・スター》であるが――


「あれから一月も経ってないってのに、生生流転だねえ」

 机の上に新聞を放り投げて、グレミーがため息をつく。

「人の気持ちとは関係なしに、世の中は動いてくっちゅうこっちゃ」

 社長室の机に肘をついて、フォイエルバッハがぼやくように言う。

 すっかりさびしくなった事務所だ。机がいくつか片づけられ、ガラクタの数もめっきり減った。売れるものはすべて売り払ってしまったためだ。

「ヒマだね、社長」

「ほりゃほうや。戦車のない警備会社にどんな仕事があるっちゅうねん」

 ひげをひねくったかと思うと、今度は鼻毛を抜きはじめる。鼻毛も白髪である。

 それをいやぁな目で一瞥したグレミーは、思いっきりあてつけがましくあくびをして見せる。

「あーあ、トーナメントのころは、すごく充実してたなあ――結末はともかく」

「トーナメントの話はすんな、ゆうたやろ」

 フォイエルバッハは目を細める。

「わしは、はよ忘れたいんや。結局、賞金はパーツ代にケシ飛んでしもうたし、戦車もスクラップや」

「あれ? ビーハイヴから一台借りられることになったんでしょ?」

「それにしたってや! 肝心のパイロットがおらんやったら、レンタル代ばっかりかさむやろうが! どんなヘボでも、戦車を動かせるやつがおらなんだら、どないしようもないっちゅうねん」

「悪かったな、ヘボで」

 松葉杖をつきつつ、ジェイドが入ってくる。左脚のギプスは取れたものの、コルセットはまだ外せていない。身体のあちこちに生々しい傷が残っている。

「こりゃジェイド、だいたいにしておまえがあのときムリヤリ出場したもんやから、うちの会社はえらいことになってもうたんやぞ」

「そっちこそ、ひとに借金に背負わせて、実はちゃっかりプールしていたんだってな。これまで棒引きしてた給料をちゃんと払えよ!」

「そっ……それはおまえの将来を考えてやなあ……」

「じゃあ、なんで、そのカネが影も形もないんだ!?」

「かっ、会社をやっていくんは大変なんや」

「うるさいっ! これまでコキ使いやがって! 給料払えっ!」

 ジェイドが松葉杖を振りまわす。

「あーあ、またその話? あきないよねえ、一か月も」

「進歩がないのだ」

 ジェイドの背後から、黒髪の少女が腕組みをしつつ現れる。

「あ、アスタロッテ、おりてきたの」

 新聞をたたみながらグレミーがニコニコ笑う。

 が、少女は機嫌が悪そうだ。

「いつになったら旅に出られるのだ。回復がおそすぎる。おかげであの眼鏡女ごときに先を越されてしまったではないか」

 ヒカリのことを言っているらしい。

「もっとも、クリークなんとかなどという名もない街のガンロードなど眼中にないがな。狙うべき次の大祭はアリス・スプリングスだ。もう一か月もない。急がねば間に合わんぞ」

「ああ、アリス・スプリングス! いいねえ! 《優しき横顔》の撫子の街だね。大祭、行きたいなあ、見たいなあ」

 グレミーが高い声を出す。

 ジェイドもフォイエルバッハも苦い顔になる。顔をつき合わせて「旅費が」「戦車のレンタル代は」「保険料も」「その間の仕事は」と、相談をはじめる。

 その時だ。

 神官服のシスター涙が穏やかな笑みとともに入ってくる。フォイエルバッハが弾かれたように立ちあがる。

「こ、これはこれはシジフォスさま――このようなむさくるしいところに……」

「ああ、社長さん、いまのわたしは《カテドラル》の涙ですので、お気になさらず」

《偽僧侶》は、屈託なく一同を見渡す。アスタロッテは微妙に頬をふくらませ、視線をそらした。元教育係に対して、若干の苦手意識が芽生えたようだ。

「今日はお仕事の依頼に参りましたの」

 アスタロッテの複雑な表情など気にならぬ様子で、涙は言葉を続ける。

「し、仕事、ゆうたかて……その……《カテドラル》の依頼やと……」

 対価がもらえず現物支給、しかも、収支がまったく合わない、という痛い目に、すでにフォイエルバッハは遭っている。

 だが、涙は例によって自分のペースを押しとおす。そのあたりは、正体が割れた後でも変わらない。

「お願いしたいのは、アリス・スプリングスまでの護衛ですの。《カテドラル》から、今度の大祭の監査役を仰せつかりましたので。教育係もくびになりましたし、さりとてサイスにいても、四年先まで仕事もありませんしね」

「えっ、じゃあ、アリス・スプリングスの大祭に行けるの!?」

 グレミーが飛びつく。

「ちょっ、ちょっ、受けるとはゆうてませんで。戦車もないし――」

「レンタルすればいいじゃん」

「おまえはだまっとれ」

「お支払いはいたします。わたしのヘソクリで――それに担保物件も提供しますし、ね」

 豊かな胸元を押さえながら、涙が言う。フォイエルバッハは顔面を紅潮させて、絶句する。

 あっけにとられつつ、ジェイドはなりゆきを眺めていた。どうやらフォイエルバッハは陥落しそうだ。涙とグレミーの連合軍が凱歌をあげる。

「というわけだから、はやく身体を治すのだぞ」

 いつの間にかアスタロッテが横に来ている。ジェイドより頭ひとつぶん、ゆうゆう低い。それでいて、年上のように偉ぶって言う。

「これから旅が始まるのだからな。頼むぞ、相棒」

 ジェイドは、一瞬、自分の選択が正しかったのかどうか考えてみる――それから苦笑した。

 やるしかない。

 ジェイドの人生は、ジェイド自身で切り開いていくしか、ないのだから。

 

                                 おわり

 

 


  『名もなき戦車乗りの歌』



  夢をおいかけ幾千万里

  流れ流れてここまできたが

  いつまでたっても旅ぐらし


  今日はビキューナ、明日はサイス

  かわいい女神のためならば

  命をけずって、まいりましょう


  どうせ明日なき戦車乗り

  棺桶ひとつを引っさげて

  三途の川を渡ります


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ガンロード GPS 琴鳴 @kotonarix

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