Intermission 4

 あいつが死んだとき、おれも死んだんだと思った。

 だが、戦車はおどろくほど無傷に近くて――むろん、それまでの戦闘による損傷はあったが――サテライトレーザーの直撃を受けたようにはとても思えなかった。

 どうやら、あいつが寸前でレーザーのエネルギーの大半を別のものに転換しつつ、周囲にうまく拡散させたんだろう。あいつはA級女神だから、どんなことでもできるんだ。

 なのに、戦車の外には、あいつの姿はなくて――髪の毛一本も残ってなくて――おれは探し続けた。戦車を降りて、コロッセオの中を走り回った。

 オフィシャルがおれを止めようとした。だから殴り飛ばした。何人がかりかで組みついてきた。だから、蹴りつけ、投げ飛ばした。

 だが、あいつはいなかった。どこにもいなかった。まるで――

 まるで天に還っちまったかのようだった。


 状況をそれなりに整理して考えられるまでしばらくかかった。ガンロードではなくなったが、おれには金があった。戦車もあった。幾人かの若い女神たちが契約を申し入れてきた。

 みんな同じようなツラをして、雑菌なんて飼ってませんといった澄ましたやつらばかりだった。おれは片っ端からそいつらを追い払った。女神なんて、顔も見たくないと思った。

 ある時、また性懲りもなく一人の女神がやってきた。当時、目を開けているあいだは常に酒に浸っていたおれは、そいつの顔を見ても誰だか思い出せなかった。おれは酒瓶を投げつけた。女はよけようとしなかった。あやうく酒瓶はそれて、壁に当たって盛大に割れた。

 ぶちまけられた酒の匂いが立ちこめる部屋で、女は頭を下げた。ごめんなさい、と。

 それがシジフォスだった。おれたちと戦った――そして今はサイスのガンロードになったアズール・グラックスのパートナー。

 そして、おれは、シジフォスが一方的に懺悔するのを聞いた。シジフォスは――あいつの同期で親友で姉妹同然に育った存在だ。そしてよきライバルとして戦ってきた――それは、おれも知っている――というより、よぉく知っている。何度も戦ったことがあるし、共闘したこともある。何よりとてつもなく綺麗な金髪は忘れられない。

 シジフォスは、わたしはあの子に負けて悔しかったのだ――と言った。同じように育ったのに、あの子だけが望むものすべてを手に入れたから――と。ねたましくて、それを壊すためだけに戦いを挑んだのだ――と。

 だからどうした、とおれは返した。おれたちは負けた。あんたと、あんたの相棒の力が上だっただけの話だ。くだらねえ、とっとと帰って、ダンナとちちくりあってな。

 だが、シジフォスは、違う、と言った。違うのだ、と。

 アズール・グラックスは戦車乗りではない、とシジフォスは言った。女神は一人だけではトーナメントに出られない。本来、戦車に乗って戦うことさえ許されない。パートナーがいるから初めて戦えるのだ。だが。

 わたしにはパートナーにしたい相手がいなかった。どうしても見つけられなかった。だれを選んでも、あの子には勝てない。

 だから――拾った子犬をパートナーにした――と、シジフォスは言った。

 本当は、あらゆる意味で、あの子が勝っていた――そうシジフォスは言った。たしかに女神としての力は互角――あるいはシジフォスがわずかに勝っていたかもしれない。だが、総力戦になれば、フォースとイシュタルにはかなわなかった、そのはずだとシジフォスは言った。

 おれは呆然とした。

 犬、だと。

 女神は、犬をコクピットに座らせて、トーナメントの決勝まで勝ち抜けるのか?

 おれたちパイロットは犬で代わりがきく存在なのか?

 そうよ、と泣き濡れた目でシジフォスは言った。レベルが低ければともかく――ある段階まで達すれば、女神にとってパイロットは戦車の重量バランサーに過ぎない。

「イシュタルは――わたしにパートナーがいないことに気づいてた――だから、あなたを戦わせずに、わたしとの一騎打ちに応じたのよ。わたしの名誉を――あなたの誇りを――護ろうとしたんだわ」

 なるほど――おれは納得した。確かにあのとき、おれはしこたま二日酔いで、重荷でしかなかった。あのときだけじゃない。その以前から、おれはとっくにあいつのパートナーじゃなかったんだ。あいつは一人で――一人だけで、戦っていた。

 傑作だ。おれは大声で笑った。あいつが死んでから、こんなにも笑ったことはなかった。腹の底からおかしさがこみあげてきて、どうしようもなかった。喉元から酒がこみあげてくるほどに――

 シジフォスは、おれにパートナーになってほしいと言った。ガンロードにもどってほしい、と。それ以外、イシュタルにわびる術を知らないから――と。

 おれはシジフォスを殴った。女を殴ったのは、それが最初で――たぶん最後だ。ただ、酒で足腰がいうことをきかず、ぺちり、としか音がせず、しかもその後盛大にぶっこけたが。

 おれは床に転がって、シジフォスに介抱されながら、うわごとのようにつぶやいていたらしい。らしい、というのはこのあたりになるともう覚えちゃいないからだ。

 うわごとのように――こんなふうに――

「ふざけんな――とりかえしてやんよ――あいつと一緒に、もういちど――それまで、ガンロードでいつづけろよ、犬っころと一緒に――この――クソ女神」

 それが――おれにかけられた呪い、なんだそうだ。

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