第2話 農場 1
朝7時半、テレビから農業労働者用自動再生ニュースが流れ、私は目が覚めた。起きてすぐ窓を開けると、どこからともなく青臭い植物の香りが鼻についた。また今日が始まる。低血圧の重たい体を居間にまで移動させると、栞が朝食の準備をしていた。机にはきれいにカットされた瑞々しい野菜と5種類のドレッシングが並んでいた。
「おはよう。顔を洗って、朝食にしましょう」
栞の柔らかな優しい声は眠気を誘ったが、鼻についたあの匂いがそれを断ち切った。顔を洗い食卓に着くと、栞は私の前に青じそドレッシングを置いた。5種類もあるといえど、自分はこのドレッシングしか使ったことがなかった。残り4種は栞が使っていた。毎度きれいに同時にドレッシングがなくなることが几帳面なのか、ただ無意識なのかわからなかった。漠然と口に野菜を運ぶだけの食事に会話はなく、野菜の噛み切れる音とドレッシングを振る音だけがいつもの朝の光景であった。
朝食を済ませて、なんとなく壁掛けシート状テレビのリモコンスイッチをつけると、朝のニュースが流れ始めた。テロップに難民問題の文字列が見えると、キャスターが口を開けるよりも早く、チャンネルを切り替えた。チャンネルを変えた先では今日の価格発表を行っていた。
「今日の価格発表を行います。まず初めに、白菜の価格は一玉100円、人参は一本25円、茄子一本15円・・・」
30種ほどの価格を読み上げた後、再び同じ内容を繰り返し読み上げた。それが終わると事務服に着替えた栞が居間に戻ってきた。胸には農業組合のマークである緑色の稲穂のバッチがつけられていた。
「今日は茄子が安いのね、帰りに八百屋さんに寄って買ってくるわ」
私は小さな声で「ありがとう」を言うと、時計を確認し、自室に戻った。窓から入ってきた青臭い匂いは、部屋中を満たし私を包んだ。この匂いが私を農場務めである現実感を与えてくれた。除菌防菌洗濯乾燥タンスから、乾いたばかりの農業作業着を手に取ると、昨日までべったりと沁みついていた青臭さはなくなっており、代わりに人口芳香剤の匂いが沁みついていた。細身の私にはこのぶかぶかとした作業着は似合わないと思っていたが、いつの間にか様になっており、この姿を見て初めのころは笑っていた栞だったが、今ではクスリともせず、機械音声のように「今日も頑張って」というだけになった。作業着を着て、私用端末のホログラムを起動させると、2件のメールが浮かび上がった。1件目は友人の鴨居からで、近々飲みに行かないかという誘いの内容だった。彼とは高校時代からの付き合いで大学は別々だったがこれといった理由もなく連絡を取り合って、互いの近況報告に一喜一憂する仲だった。今もその延長なのか、こうしてなんとなく飲みに誘い誘われを月に2回ぐらいしている。来週以降のシフト確認や繁忙期確認のために、メールの返信は後にした。2件目は珍しく、論文引用申請嘆願書だった。論文引用する際には論文著者にその申告し、引用代金を支払う必要があり、これは論文を引用したい旨と引用金額を支払うためにオープン口座を開示してほしいというものだった。大学生時代に1本だけ書いた論文がここ最近引用され始め、そのペースは日に日に増している。完全栄養作物研究についての論文だったが、現在どういった研究を行っているかわからなかった。今更研究に戻りたいともやりたいとも思えず、引用代で栞に少しでも華やかな生活を過ごさせられるようになって良かったという感想しか浮かばなかった。申請許可にホログラムサインをし、オープン口座の記入を終えるともう出勤の時間になっていた。
ときわ台から四日市港にある農場までは勤労者専用の自動バスが出ていた。ここときわ台はいわゆるワーカータウンとして多くのアパートや家が賽の目状にきれいに配置されている。空腹の6年間時に単一規格化した個性の無い一軒家が大量に建設され、その一つが私の家である。私たちは第三世代と呼ばれ、第一世代は空腹の6年間時の農場建設者たちのことを指し、第二、第三世代はその第一世代が建設した農場に勤めている人のことである。第一世代たちは四日市外からの出稼ぎが多いため、3・4年目計画時の2年間ほどしか住まず、農場建設後は四日市を去っていった。そのため、家は新築のまま残されたらしい。というのもあれから30年経っている。日本の食料自給率は毎年右肩上がりで今や世界の食糧事情を支える農業大国になっている。農業技術の進化により、産業技術もここ数年勢いが増している。外の世界は戦争中だというのに、今日本はこれまでにない潤った平和を噛み締めている。
家から歩いて2分ほどの公民館には自分と同じ農場勤務者たちがバス停に並んでいた。企業間での利益差を少なくするため、労働者の出勤と退勤の時間は一律8時から17時とされ、勤め先は皆バラバラだが、方向は同じなためこうしてバス停に列ができているのだ。私もその列の一体となりバスを待った。少し待つと私の後ろにも人が並び始め、前も後ろも同じような作業着を着ており、まるでこのときわ台一帯の家と同様に画一的で無個性だった。自分もそうした中の一人だと思うと、朝だというのに憂鬱な気分になってきた。
松本の方から自動バスが定刻通りにやってきた、中にはもう何人かが座っており、今日も立ち乗りになった。ここから農場地帯まで距離はあるが、このバスは堀木日永線を超えるともう終点まで停車しない。農場勤務者がここ数年で爆発的に増えたことで、バスの利用度は上がり、ついこの間までは息もできないほど混んでいた。そのため、各農場企業は資金を出し合い、地域を限定したバスをいくつも用意した。私が利用するバスは三滝台、松本、ときわ台の三地域限定バスである。バス乗車時には、国民登録カードをかざす必要があり、地域外の人は利用できなかった。これは、他地域のバスが空いているから座りたいがために隣接地域の人たちがわざわざ移動したのが原因だった。座れるからとこれといって何かあるわけではないが、こうした小さなことを気にするいわゆる敏感派の人たちの行動であることは明白であった。
平和であり、幸福である今の日本にとって、さらに平和と幸福を求める人々の行動は正常であったが、平和や幸福は上限がない。そのため人々は一般的な幸福を一度得てしまえば自分だけの幸福を見つけそれを得るために行動するか、一般幸福基盤を上げるしかなかった。そうした行動は現状の社会基盤を歪ませた。単に見ればそれは自分勝手で迷惑な行動だが、同じ幸福観の人々が集まり組織となれば、力を得て社会を変えようと行動をするようになった。
十数分後、バスは臨港通りを抜け新四日市港境門に到着した。ここから先は人工島が広がっており、今も現在進行形で増設されている。私が務めている農場は十番島一帯全てからなっており、巨大で青白い円柱型の農場と改造した昔のコンビナート用煙突があるだけであった。煙突から出ている蒸気はやはり青臭い匂いを漂わせていた。農場に入ると若い青年が笑顔で挨拶をしてきた。
「本日付で入社となりました、吉川です。若輩者ですがよろしくお願いします」
「よろしく。勤務四年目の松場です。君のことは聞いていたよ、国立農業専門校出身だそうだね。しかも二年で卒業した秀才だとか」
「自分なんてまだまだですよ。一年で卒業した人もいるのですから。その人の倍はかかりましたからね」
私と吉川の世辞挨拶を横で聞いていた坂峠農場長は私の世辞に付け足すように言った。
「吉川君、基本的に農業専門校は卒業までに四年は有するのに、君はその半分の年月で卒業成績を修めたんだぞ。飛び級だけでも滅多にできないのにそこまで謙遜することは返って我々を馬鹿にしているようなものだぞ」
農場長は笑いながらそう言った。吉川くんも手を振りながらそんなことありませんよと笑いながら返した。
「松場君、今日は吉川君に色々と農場について教えてあげてよ。彼も農業エンジニア予定だからね」
「わかりました。農業エンジニア希望となると今日一日だけじゃ教えきれないので明日も研修でいいですかね?」
「そうだね。彼は優秀だけど君は平々凡々だからね。ハハハ」
「それ、僕が言語敏感派だったら明日にでも職探しですよ。何ならここに再入社して吉川君と同じように研修受けますか。ハハ・・・」
吉川君が私たち二人の会話に苛立ちの素振り見せたため、私は彼を連れてそそくさとエンジニア部屋に移動した。
エンジニア室は根菜冬層の隣にあった。この農場は上から果菜、葉菜、根菜、運送の四階層構造で、運送以外の栽培層はさらに四層に分けられ、種から芽の春層、芽から花の夏層、花から実の秋層、そして収穫の冬層になっており、成長過程を四季周期として区切っている。栽培する野菜によって下の層に移動するまでの期間は別々だが、プログラムで正確に管理されている。収穫層もほぼ全て機械で行われており、農場において我々が野菜を触れる機会はほとんど無い。一般的に食用できない部位は隣の煙突で焼却され残された灰は栽培溶液や栽培土に混ざられ野菜の無駄が一切出ないシステムとなっている。
天候にも病気にも影響を受けず、遺伝子操作により小奇麗に整った野菜たちは無個性野菜と呼ばれており、世界中で食されているが、たまに突然変異により奇妙な形になることもあり、これは変異体と呼ばれ焼却処理される。どの企業も同じような栽培設備や異常体処理をしており、ここら一帯の農場島はどこも円柱の建物と煙突が建っている。
エンジニア室は窓以外の壁全体に縦長いロッカーが置かれており、真ん中に大きな机があった。ロッカーには各エンジニアの名前が表示されており、出勤者の名前は緑色に光っていた。私と吉川君の名前は欠勤中の赤色に光っており、私は彼のロッカーを指さして出勤表示にさせるよう指示し、自分もロッカーに向かった。指紋認証型のロッカーは全体的にほのかに白く光っていて、指紋認証させるとスライド式のドアが開き、管理画面ホログラムが浮かび上がった。管理画面ではスケジュール確認や変更ができ、今日の私のスケジュールは果菜春層Aブロックトマト種配分装置のメンテナンスだったが、吉川君の研修監督に変更した。
私が計算やメール送信等をしている間に、吉川君は作業着に着替えていた。
「わが社の作業着はどうだい?」
「とても動きやすくて軽いです。専門校時代の頃は生地が重くていつも汗まみれでした」
「専門校の作業着は第二世代の人たちが使っていたものを再現しているらしいからね」
「そうなんです。設備が第三世代になったときに専門校は建設されて、第二世代のお古を引き取りましたからね」
「でもまあ、設備自体の基礎は第二も第三も変わらないよ。アーム効率化と自己冷却機構が追加されたくらいさ。自己冷却機構が革新的ではあるんだけどね」
そう言いながら私は吉川君に社内専用端末を渡し、最上階から下るようにして農場を案内する旨を伝え、非野菜移動専用エレベーターに向かった。
果菜春層は人口太陽光がトマトときゅうりの芽に向けて注がれていた。まだ小さい芽は人口霧雨によって湿っており、黄緑色は先の成長の力強さを感じさせた。吉川君はガラス越しのその光景に少しばかりの感動を覚えており、マニュアルをすぐさま開いて設備を確認しだした。
「これが最新式
「流石詳しいね、すごいね。専門校には第二世代の設備しかないっていうのにその知識は」
「一応、専門校では第三世代設備の概要は学ぶんですけど、基本は自分たちが動かす第二世代の講習ばかりでした。これから先は第三世代設備が中心になるのは明らかだったので独学で学びました。ここに入社したのもいち早く第三世代設備を導入したからです」
「そうだったのか。それで農業エンジニア志望だったんだね。確かに第三世代設備は目に見はる性能だし、実際栽培率も上がっている。しかし、第二世代との互換性が全くないんだよね。それ故にところどころでパラメーター修正やメンテナンスが必要なんだ。第二世代を実際に稼働させてたし、第三世代の知識もある君はすぐにでも活躍できそうだな」
「そんな、大袈裟な。でも、そう言ってもらって嬉しいです」
私は彼の好奇心と熱意を感じた。彼はまだ種配分装置を眺めていたので、咳払いをしてフロアの説明を始めた。
果菜夏層は高さ3メートルあるフロアの半分まで緑で覆われていた。茎は大人の腕ぐらいの太さで、葉は子供の顔ぐらいの大きさであった。大量栽培目的のために多くの実をつけ、それらを支えられるよう遺伝子操作されているのだ。
「同種だとやはり成長速度は同じですね」
「さっきの種配分装置で成長速度を予測しているからね。一応出荷時期に合わせて、成長速度を調整するために、遅いものには栽培溶液の栄養素を高く、早いものは逆に栄養素を低く設定してるんだ。正直このフロアはこれといって何かしているわけじゃなく、適温適湿に保って成長を見守っているだけさ」
「音楽とか聞かせないんですか?」
「音楽?そういえば成長促進研究の一環で行われてたな。でもこれといって良い結果が出ているわけでもなかっただろう。成長三要素が四要素になることはないと思うな。昔からそこだけは変わらなかったからな」
「植物にとって外敵になる物の音を聞くと防衛本能が働いて成長が早くなるらしいですよ。僕も四要素になるとは思いませんが」
「でもやるとしても実験が成功して論文発表されてからだからまだまだ先と思うな」
そんな会話をしながら温湿調整室の前に来た。部屋の中に入って、調整係の人に一通りの挨拶と今日の件を伝え、吉川君に温湿操作を教えた。操作は難しくなく、むしろ簡単だったが、各最適値を求めるのには経験と勘が必要そうだった。機械で求めた最適値はあくまでも理論上なだけあって、人間の感覚によって求められた最適値の方が農作物にとって良かったりする。何より、元々機械は温度や湿度には弱いため、いつどこで外れ値を導き出すかわからなかったからでもある。
調整係を捕まえて最適値の求め方を熱心に聞こうとする吉川君を急かし、果菜秋層に移動した。果菜秋層は実が実り始めてから成熟するまでの期間の層で、フロアには天井に達しそうな高さの植物がこれでもかと思うほど多くの実をつけていた。春層で機械に感動していた吉川君はようやくここで野菜に感動していた。
「これが現代農業の植物形体、
「大量栽培を考えたときに、一つの株から多くの果実が取れるのが理想だけど、単に大きく成長させればいいとわけではなく、我々が消費するにはあまりにも大きな果実が実ってしまった。それを加工して消費しやすい大きさにするには手間やコストがかかる。それらを踏まえ、こうした巨大な体に、小さな実をつけるという形体になったんだ。専門校で習っているとは思うけど、あまりにも反応が新鮮でね」
私の声は聞こえておらず、彼はただ目の前の巨大な姿の野菜を見上げていた。彼はフロアを歩きまわり始めたため、私の説明はもういいだろうと思いフロア端にある休憩椅子に座った。端末を確認するともうすぐ昼休憩だった。午前中には果菜冬層まで説明をしておきたいため、吉川君にあと10分で冬層に行く旨を端末メッセージで送信した。10分後、興奮冷めやらぬ彼は多少息遣いが荒くなっていた。休憩椅子で取ってきた天然水を彼に渡し、冬層に続くエレベーターに乗った。エレベーターの扉が開くと青臭い匂いが鼻を刺した。茎や葉の切り口からそれらは漂い、フロアを埋め尽くしていた。勤務四年目の私ですらいまだに慣れないこの強烈な匂いは、初めての吉川君にはきつかったらしく、激しく咳き込んでいた。そんな彼を見て笑いながら近づいてくる中年男性がいた。
「豊崎さん、新人ですよ、彼は。仕方ないですよ」
「やっぱり新人か、みんな初めての収穫見学では咳き込むからな。松場君も咳き込んでいたしな」
「この業界、誰もが通る道って感じですね。彼は吉川君。専門校卒です」
「俺は現場監督の豊崎だ。エンジニアも収穫作業もやっている。ほらさっき貰った水でも飲んで落ち着きな」
吉川君は何も言わず、チューブ袋に入った天然水を勢いよく飲んだ。飲み終えて呼吸を整えようにも匂いがそれを邪魔して彼は涙目になった。それを見た豊崎さんは再び笑いながら、無臭の収穫管理室に案内した。
収穫管理室には多くの作業員が昼休憩のために後片付けをしていた。彼らは正規の社員ではなく、収穫専門企業からきた派遣である。第二世代時では農場は多くの社員を雇っていたが、設備が第三世代に変わるにつれより機械化や効率化が進み、第二世代の30代から40代の人たちは職を失うことになった。それをきっかけに第三世代の設備でもカバーできない収穫を専門にした企業が発生し、彼らを雇った。
しかし、職を失った第二世代は多く、現在の農業従事者の六割が収穫専門者であるのがその多さを表している。私たち農業エンジニアは二割ほどしかおらず、残りの二割はだいたい農場のトップやそれに近い重役でそのほとんどは第一世代だ。ここにいる豊崎さんは第一世代で農場長クラスや専門校の講師になれるほどの知識や経験があるが、彼曰くそういう地位は体がうまく動かなくなってからだそうだ。
彼らに染み付いた青臭さは、管理室に充満しており、空気清浄機がせわしない音を立てていた。ようやく落ち着いてきた吉川君であったがいつまた咳き込むかわからない状態だった。彼らは話しながら所々に緑色の色素がついた作業着を着替えていた。私は彼らに目線が合わないよう、端末をいじったり吉川君の調子を伺ったり、雑務をしている豊崎さんの方に目をやっていた。突然、吉川君が大きな声でむせ出した。今まで話していた彼らは一斉に彼の方を向いた。私はガラスか何かが割れるような感覚に見舞われた。
「吉川君」
私がそう叫んだときにはもう遅かった。彼らは口を開いていた。
「君、見たところ新人っぽいけど、何かな。この青臭さの中で必死に体を動かして収穫している僕たちを馬鹿にしているのか」
「ち、違います。この匂いに慣れてなくて」
「この匂いに慣れていないだと。農業やったことないのにここに入社したのか」
「そんなことありません。専門校で・・・」
彼が最後まで言う前に豊崎さんが口を開いた。
「そこまでにしてくれないかね。彼は第三世代の大きな野菜を見るのは初めてだし、それゆえこの匂いの強さも知らなったんだから。専門校の設備は第二世代だから、君たちが使っていた設備やそのときの野菜の大きさや匂いは君たちがよく知っているだろ。仕方ないだろう」
豊崎さんは優しくそして強く言った。それを聞いた彼らは静かに管理室を出て行った。第一世代の彼は空腹の6年間も味わっており、そして第三世代までの農場の変化を一番よく知っていた。酸いも甘いも味わってきた彼の言葉はたとえいい加減なことでも納得することができるほどの重みがあった。
「俺からしたら第二も第三も同じだがね。外の作物を口にして育ち、空腹を味わったか、自国の作物だけを口にして育ち、空腹を知らないだけかだ。同じ釜の飯を食ってるみたいなもんだろうに」
私も吉川君も何も言えずにいた。第二世代たちは第三世代の我々をよく思っていなかった。ただ、時代の流れが急すぎてその変化で職を失っただけ。それも、収穫専門という働き口があり落ち着いた。本当にただそれだけだった。我々第三世代は収穫専門よりもこれから先がある農業エンジニアの道を目指すようになっただけ。作業着には作物の色素はつかず、青臭い匂いに包まれて一日を終えることはなく、時として汗一つかかず一日を終える我々をただ気に食わないだけだった。それは我々がどうすることもできず、第一世代にもどうすることはできない。この社会になってからどん底という不幸はなくなったが、ときとしての不運は簡単にぬぐえなくなってしまった。その不運からくる不安は彼らを蝕み、多くの人が精神不安定症になり、感情の制御がうまくできず、何かに安心していないと耐えられなかった。そうやって、自己肯定感の低さを我々や社会に攻撃することで埋めていた。
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