第18話

髪留めをポケットに突っ込んだまま、何日か過ぎ。学校で、授業の合間の休憩時間、友達に指摘された。


「ショウ、最近元気ないよね」

「そうだよねー。旦那さんとケンカした?」


友達の間では、俺とリュウは仲良し夫婦ってことになってる。今まではそれを否定してきたけど…。


「ケンカとか、しないし。ちょっと疲れてんのかな」


わざらしく伸びをして、首をこきこき。


「じゃあ、旦那さんに癒してもらいなよ。私は、昨日ケンカしちゃったんだ。スープに入れるジャガイモの大きさのことで」


そう言った子は旦那のことを愚痴ってたけど、全部惚気に聞こえた。

俺とリュウは夫婦じゃない。ジャガイモの大きさでケンカしたことない。俺が作ったものを、リュウは文句言わずに食う。それは俺たちが偽装夫婦だからなのか。本当の夫婦だったら、ケンカするのか。


ポケットに入れた小さい髪留めが、すごく重く感じた。


早く髪留めを返したいのに、こんなときに限って、団長は姿を見せない。

わざわざ人通りの少ないところを通ってみたり、家に帰るまで遠回りしたりしてるのに。

そうやって気の重い数日を過ごした。リュウとも気まずい空気。髪留めのことは触れてこないけど、朝は無言でメシを食ってすぐ仕事に出掛けたり、帰ってきたらメシ食ってすぐ寝たり。『なにを避けてんだよ』って真面目に聞くことも、冗談っぽく聞くこともできない。今までは何かしら会話してたのに。

団長に髪留めを返したら、元に戻るんだろうか。


団長は今日も現れないのかなと思いながらの、バイトの帰り。諦めかけた頃、ふらりと姿を見せた。


「久しぶり、ショウ」


「…ああ」


今日の団長は、騎士団の制服を着ていて、マスクもしてなかった。礼儀正しく、規律を感じさせる雰囲気。


「返す」


ポケットからおもむろに髪留めを取り出し、手のひらに乗せて差し出す。すると、団長は意外にも素直にそれを手に取った。

そして、代わりに。

手品のように、どこからともなく小さな箱を出して俺の手に乗せた。小さい箱。手のひらに乗る大きさの、四角い箱。

何が入ってるのか、考えるまでもない。


「ショウ。結婚してほしい。今よりも幸せにする。必ず幸せにする。好きなんだ」


団長の真剣な視線と声。目を逸らしたい気持ちを抑え、ぐっと団長と目を合わせた。


「…好き、って。俺のこと知らないくせに」


俺は違う世界から来たんだ。リュウに無意味に召喚されたんだ。リュウとは偽装夫婦なんだ。偽装夫婦だけど、俺、変なんだ。リュウから離れるのがイヤだと思ったりしてるんだ。

言えない言葉を心に押し込めて、団長の申し出に首を横に振った。


「そうだ。ショウのこと、何も知らない。だから、教えてほしい」


「俺は、結婚してる」


偽装とはいえリュウと結婚してるから、団長を選べないのか。男同士で本当に結婚することがムリなのか。団長のことが好きじゃないから結婚できないのか。

団長と結婚できない理由を考えて、頭に浮かぶのはリュウのこと。

何をどう言って箱を付き返そうか言葉に詰まったら、団長がフッと微笑んだ。


「残念だけど、それは知ってるんだな」


団長は手を伸ばし、箱を握らせるように俺の手を包んだ。団長の手は、ゴツゴツしてて、手の皮が厚かった。そして、あたたかかった。


「明日から10日ほど遠征なんだ。帰ってきたら、返事を聞かせてくれ。それじゃあ、また」


団長は優しく微笑み、体を翻した。俺の手の中に指輪を残して。


追いかけないと。返さないと。頭では分かってるのに、足が動かなかった。


結婚の申し出を受ける気はない。ない。だけど。リュウの傍から離れるチャンスだと、心のどこかで思った。

リュウはいつか。いつか誰かを好きになって、誰かと結婚したいって言い出すんだろう。あのヘラヘラした顔で「好きな人ができた!」と言う日が。


だったら、その前に。

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