第17話
次に団長が来たら、言う。絶対言う。
『もう会いに来ないでください』って言う。
言わないと、リュウに対して罪悪感抱いたままだ。リュウは俺のこと心配してんのに、俺が団長からお菓子もらってたら裏切りみたいだ。
学校で授業受けながら、何度も頭の中でシミュレーション。バイト中、キャベツを切りながらシミュレーション。
キツく言う。
キッパリ言う。
お菓子貰っても言う。ていうか、お菓子もう貰わない。
「ショウくん、今日はすごいヤル気あるね」
バイト中に店主のおじさんにそう言われた。俺の今日の顔、多分決意に満ち満ちた表情なんだと思う。
その意気込みを維持したままのバイト帰り。ふらっと物陰から団長が現れた。
「やあ、ショウ。今日は珍しい果物を持ってきたよ」
マスクの下では、ニコニコしてるんだろう。だけど、俺は無表情を貫く。
「いりません」
ハッキリそう言って、するっと団長のそばを通り過ぎる。あ、違う。『来ないでください』って言わなきゃ。言う言う。言うんだ、俺。心の中で自分に言い聞かせながらも、言葉にならなくてずんずん歩く。
すると、俺の一歩後ろを団長がついてきた。
「お菓子のほうがよかった?」
「いりません」
「…この前の休日、広場にいたよね?旦那さんと」
その言葉に、思わず立ち止まった。団長もいたのか。見られてたのか。
「…うん。リュウと大道芸を見に行ってた」
素直に認め、リュウのこと思い出す。団長に会うのは危険だって、俺を心配したリュウを思い出すと、自然と俯いてしまった。そのとき、俺の髪をスッと何かがかすめた。
「何すんだよ!」
キッと振り返ると、団長は伸ばしていた手を引っ込めるところだった。そして、その団長の様子は。
「別に?」
そう言った団長の表情は、マスクしてても分かるくらいの怖い顔だった。笑ってるけど、笑ってない。お澄まし笑顔でも、子供みたいな笑顔でもなく、冷たい笑顔に見えた。
怒ってるって、すぐに理解できた。
「…もう会いに来ないでください」
俺は何をしてるんだろう。何を言ってるんだろう。最初からそう言えばよかったのに。ずっと無視してればよかったのに。好意を向けられて、相手にしてないつもりで、結局今までずっと相手してたんだ。
ぐっと唇を噛んで頭を下げた。けど、俺の頭上に降って来たのは、冷ややかな声。
「イヤだね。また来るよ。じゃあね」
まだ大通りに出ないのに、団長は踵を返して去って行った。なんだよ…。もう来んなよ。
団長の背中を見ながら、俺はどうしていいか分からなくて。頭の中がぐちゃぐちゃ。
家に帰って何もする気が起きず、ぼーっとしてた。俺はどうすればいいんだろう。
団長に諦めてもらうのと、そんで。
俺は、いつまでこの生活をするんだろう。学校を出て、仕事を見つけるまで?
「ただいまー」
リュウの声で、今の時間を思い出した。だめだ。俺は何やってるんだ。
「おかえり。悪い、まだメシできてないんだ」
鞄をどさっと置いたリュウは、メシが無いことに文句も言わないで俺を気遣った。
「そーなの?疲れてるんだったら、何か買ってこようか?」
「いい。すぐできるの作るから」
椅子から立ち上がって、村のおばちゃんにもらったレシピをめくる。今ある材料で、すぐできるやつは…。
ぺらぺらページをめくってると、すすすっとリュウが寄って来た。
「髪、何かつけてる?」
「えっ?」
頭全体を手でくしゃっとしてみると、耳の後ろあたりに何かがあった。それを手に取ると、リュウも覗き込んできた。
「髪留めだね」
小指の第一関節くらいの、本当に小さな髪留め。かぱっと挟むタイプのもの。
「…学校でイタズラされたのかも。気付かなかった」
気付かなかった。夕方、団長に会ったときだろう。髪に触れられたあの瞬間だろう。くそ…あんな一瞬で。
「それ、すごく高価だと思うよ。繊細な細工だし、それに…」
細かく複雑な花が彫られていて、きらっと輝く小さい石がついてた。鉛筆の先くらいの石だけど、深い緑色で、本物の宝石と直感で分かった。
これ以上リュウに見られないように、髪留めをグッと握りしめる。
「明日にでも、ちゃんと返す」
乱暴にポケットに突っ込み、レシピノートも閉じた。今日の晩ご飯は、何も考えずに作れる野菜スープに決めた。
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