第16話

ある日。

腹を空かせて家に帰る途中。数日ぶりに団長が姿を見せた。マスクで半分顔を隠して、ぬらっと現れるいつものスタイル。


「今日こそ、いいもの持ってきたよ」


いつものマスクしてるけど、目と声で笑ってるのが分かる。


「だから、いらないって。何にも受け取りません」


「そんなこと言わずに」


団長は小さい箱を差し出して、パカッと開けた。中には焼き菓子が入ってた。お菓子…。うまそう。


「城下町で人気のお菓子だって聞いたんだ。少し食べてみない?」


…。形として残る物をもらうわけじゃないし。これは食い物だし。俺は今、お腹空いてるし。そもそもお菓子事情に疎いけど、節約のために不必要なものを買わない生活を送ってる俺は誘惑に負けた。美味いお菓子、食いたい。


「いっこもらう」


ひょいと手に取ると、団長の目がキラっとした。ぱくっと食べると、団長の目がキラキラっとした。


「ありがとう、ショウ」


もぐもぐ咀嚼してる俺に、団長は笑ってお礼を言った。


「何でそっちがお礼言うんだよ。もういっこよこせ」


団長が差し出したままの箱に手を伸ばし、お菓子を取ってまたもぐもぐ。


「何個でもどうぞ。食べてもらえて嬉しい」


食わなきゃよかったのかもしれない。嬉しそうな顔されても、困る。


「じゃあね。また美味しそうなもの探しておくよ」


手を振って帰っていく団長を、俺は何とも言えない気持ちで見てた。お菓子くらいならいいのか、お菓子もダメなのか。団長が喜ぶから、お菓子さえも受け取らないほうがいいのか。

…そうだよな。どんなに美味しそうなものでも、受け取ったらダメだよな。


反省。


団長とは距離を置かなきゃいけない。近づきすぎたらダメだ。団長は俺を既婚者と知って言い寄ってるんだから。俺は一応、既婚者なんだから。

しっかりと心の中で再確認した、その日の晩。


「ねえねえ、明日、出かけようよ」


晩飯食ってるとき、リュウがウキウキと提案してきた。明日は休み。リュウの繁忙期も終わって、普通の休みだ。


「どこ行くんだ?」


「広場に大道芸の人が来るんだって。見たことないでしょ?きっと面白いよ」


子供っぽいキラキラした目をしてるリュウに、俺は頷く。


「そっか。見に行ってみるか」


リュウはいつか誰かと本当の夫婦になるんだよなあ。そう考えると、ふたりで出かけて友達に目撃されようが、それをからかわれようが、別にどうってことない。


「何人も来るんだって!屋台も出るんだって!」


リュウがテンション高くはしゃいでるので、デコピンしてやった。


「メシ食うか喋るか、どっちかにしろ」


「そうだね。楽しみだね」


話が全然噛み合ってないので、もう一回デコピン。そんなに楽しみなのか。


「そんなに楽しみ?リュウも大道芸って見たことないの?」


貴族のお坊ちゃんだから、大道芸とは無縁だったのかな。広場で大道芸じゃなくて、劇場で観劇とかの子供時代だろうか。そんな予想したけど、リュウは自慢げに言ってのけた。


「ボクは大道芸を見たことあるよ。でも、ショウは見たことないでしょ?」


なんだよ、お前。お前自身のために、はしゃいでるんじゃないのかよ。バカだな。バカだよ。

ヘラヘラ笑ってるリュウを見て、胸が痛くなった。


次の日。リュウとふたりで街の中心にある広場へ。大道芸は結構大きいイベントのようで、人がたくさんいた。まるでお祭りみたい。


「わー!見た?見た?すごいね。あんなにボールをぽいぽいしてるのに!」


ジャグリングをしてる芸人さんを見て、子供に混じって興奮気味のリュウ。お前は見たことあるんじゃなかったのか。何をそんなに興奮してるんだ。


「あっちは箱を使ってる!あっちのも見に行こう!それと!屋台も行ってみよう!」


大道芸は確かに見てて楽しいが、それよりもリュウの興奮っぷりのほうが面白かった。楽しんでるのが丸出しで、俺もつられて楽しい気持ち。引っ張られて人ごみの広場を移動してると、リュウは突然足を止めた。


「なに?どうしたリュウ」


リュウから興奮は消え、静かに警戒するように人ごみをキョロキョロし始めた。


「騎士団の人たちだ。人が多いから警備してるんだろうね」


制服で騎士団と分かったのだろう。リュウは俺をさらに引っ張った。


「団長は…いないよね。でも危ないから帰ろう。…いい?まだ全部見てないけど」


「俺はいいけど…。リュウはいいのかよ。まだ屋台も行ってないだろ」


俺がそう言うと、リュウは俺の服をギュッと掴んだ。


「いいんだ。危ないから。団長に遭遇するのは危険だもんね」


心配そうにするリュウの言葉を聞いて、俺は胸がズキリと痛んだ。


罪悪感。

昨日も感じた胸の痛み。リュウは知らない。俺が時々団長に会ってることを。

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