第15話
研究所の敷地内。建物に囲まれた庭があって、そこに。
リュウがいた。でも、ひとりじゃなくて、女の人と談笑してた。楽しそうに。ヘラヘラ笑いながら。大きい身振り手振りで。
その様子を見て、俺は。なぜか。なんでか分かんないけど。
くるりと方向転換。来た方向に向かって歩く。ずんずん早足。
研究所の構内から出るときも守衛所で名前書いた。おじさんに「あれ?早かったね」と言われたけど、頷くことしかできなかった。声を出したら、変な声が出そうだった。
ぐっと前を見て、紙袋を振り回す勢いで、坂道を少し下ったあたり。見知った顔を見つけてしまった。会いたくない顔。
「やあ、偶然だね」
本当に偶然だったんだろう。驚いた声だし、顔を隠してないし、カッチリと制服着てるし。だけど、本当に偶然でも、今日も無視。話しかけんな。
プイッと顔を背けてそのまま通り過ぎようとしたのに、団長は俺の腕をつかんで心配そうに尋ねた。
「ショウ、何かあった?」
なんだよ。何にもないよ。何にもあるはずないだろ。
「うるせーよ」
俺の乱暴な物言いに、団長は目を丸くした。いままで一応敬語使ってたから、落差に驚いたんだろう。どうでもいいけど。
どうせ俺は野蛮人だ。
なのに。団長の次の反応は俺の予想外のものだった。
「それがショウの素顔?初めて見せてくれたね」
子供のような、幼い笑顔。パーティーで見せた澄ました笑顔じゃなかった。
「…は?何言ってんのか分かんない」
プイッと顔を逸らし、腕を振りほどき、俺は前をまっすぐ前を向いて坂を下りた。
夜が更けてから帰ってきたリュウ。
「紙袋忘れて怒られた…」
そう落ち込んでたけど、俺は昼間の様子が目に焼き付いてて、何にも言えなかった。昼間はちっとも落ち込んでるようには見えなかったけど?って言いたいのを抑えた。
「あっそ。さっさとメシ食え。俺は寝る」
落ち込んでるリュウを置いて、ひとりで寝室に引き上げた。
ベッドに入り、考える。
俺たちはただの偽装夫婦だ。
リュウがいつか、本当に誰かと結婚したいと言い出す日が来る。その時、俺は、さっさとここを出ていく。そう、それが当然なんだ。
胸に何かがつっかえてる気がしても、家事と学校とバイトの生活は変わらず続く。そして、相変わらず団長はふらっと姿を見せた。
「ショウ、これは本当に似合うと思うんだ」
何やら高価そうな包み。大きさと形状からして、服かな。
「なに?今までは実は似合わないと思う物を持ってきてたわけ?」
「そうじゃないよ。何か見つける度に、『あっ!似合いそう!』って思うんだよ。毎回毎回」
「ふーん。でも、いらないから」
研究所の帰りに俺の素を見せてしまって以来、会話をするようになった。俺につきまとう変なヤツだけど、嫌なヤツじゃない。そう思うようになった。
「ていうか、騎士団ってヒマなの?何で平日の夕方にウロウロしてんの?」
俺が冷たく質問すると、弾んだ声で答えが返ってきた。
「ショウのために時間を作ってるんだ。抜け出すために、必死に仕事してる」
マスクしてるけど、目を細めたので笑ったのが分かった。
「…なに笑ってんだよ」
「ショウが質問してくれたから。嬉しくて」
「変なの。もっと有効に時間使えばいいのに」
ツンとしてそう言ったのに、団長は嬉しそうだった。
「ショウに一目惚れして以来、すごく有効に時間使ってる。今までの人生、何してたんだろうって不思議に思うくらい」
恥ずかしげもなくよく言えるもんだ。そこは少し尊敬する。
「俺、結婚してますから。そんじゃ」
指輪をしてるほうの手で、ひらひら手を振る。
「じゃあ、また」
大通りに出るまでの短い時間。少しの会話。それは俺にとって、イヤなものじゃなくなった。
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