第13話
翌日。
学校で「パーティーどうだった?」と友達に聞きまくられた。だけど、「お城ってすごかった」と、大雑把なことしか答えられなかった。
昨日の出来事をどう言葉にするのか、自分でもうまくまとめられない。
『騎士団の団長にナンパされた。すげーだろー』って笑い話で話すのも、『職務質問された…。ひどいだろ?』って冗談めかして話すのも、なんだか違うなって。
『パーティーでトラブルがあって、旦那が守ってくれた』とも言えない。からかわれるのがイヤってわけじゃないけど、言葉にできなかった。
とにかく、華やかなパーティーは昨日の出来事。今日はまた庶民的生活に戻る。
今日はバイトがないので、学校の帰りに市場で一番安い野菜を買って帰った。
野菜スープにする。村のおばちゃんに教えてもらった野菜スープは万能だ。何でも野菜入れとけって感じなんだ。大量に作り、明日も食べる。次のバイトで、余った肉をもらえたらいいなあ。…ああ、こんなこと考えるの、悲しいなあ。
ふー…と、溜め息を吐いて家に帰ると。
家の前に、人が立っていた。ウチのドアをノックしてた。誰?なに?
俺が数メートル離れたとこで立ち止まると、その人が俺の気配を感じたのかこっち見た。
「こちらのお宅の方ですか?」
「はあ」
俺が頷くと、その人はホッとしたように息をひとつ吐いた。
「よかった。お届け物がございます。お運びしますね」
宅配便の人だったのか。
それにしても、届け物?何だろう。誰が届け物なんて…。もしかして、パーティー参加者に何か粗品でもあったんだろうか。なんて想像して玄関開けたら、宅配便の人が戻ってきた。鉢植えを抱えて。
「まだありますので、もう少しお待ちください」
運ばれてた鉢植えには、ぱあっと派手な真っ赤な花が咲いていた。名前は知らない。なんで花?誰が花?首をかしげてたら、どこにスタンバイしてたのか宅配便の人が何人も来て、次々と花を運んできた。鉢植えの他にカゴに入ったやつとかリースになったやつとか。ピンクの小さくて可愛らしいのとか、色とりどりの豪華なものとか。
ずんずんどんどん運ばれてくる花、花、そして花。我が家が花で溢れんばかりになった。呆然と見守ることしかできない。届け先、間違ってるんじゃなかろうか。
そう思い至ったのは、宅配便の人が最後にバラの花束を持ってきたときだった。
「カードもお預かりしてます。では、ありがとうございました!」
ポカーン。
花に囲まれながら、花束に添えられてたカードを開ける。
そこには、俺がこの世界で見た中で一番丁寧な字で文字がつづられていた。
『昨夜、お会いできたことを嬉しく思います。イオ・アテール』
イオ?誰?昨夜?昨夜はパーティーで、俺が会ったのって。
そんなこと考えてたら、玄関が勢いよく開いた。
「ただいまー!…って、なにこれどうしたの?花屋でも始めるの?」
明るくビックリしてるリュウに、俺は花束ごとカードを押し付けた。カードに目を通したリュウ。その顔がみるみる暗くなる。
「騎士団の団長だよ。この名前…」
やっぱ、そうだよな。昨日の晩のこと考えると、こんなことするのは団長くらいだよな。
「放っておいても大丈夫かな。なんで花なんか」
花を贈る意味。それは、俺の常識でいうと、記念日のプレゼント。そうじゃなきゃ、相手の気を惹くためのプレゼント。
俺の気を惹く?昨日のアレは、職務質問じゃなくてナンパだったのか?
…。どうでもいい。
「リュウ、飯作るから。テーブル片づけて」
考えるのを止めて、晩飯作りをすることにした。けどリュウは、暗いしょぼしょぼの様子でカードをじっと見ているだけで、動こうとしない。
お前…。まさか、出世のこと気にしてるんじゃなかろうな。
俺を売り飛ばす気じゃなかろうな。
花は結局、隣近所に配りまくった。「誕生日にたくさんもらっちゃって」という下手な嘘を何人が信じてくれただろうか。
そして、それから数日、何にも動きはなかった。団長からまた花が贈られてくるわけでも、リュウが仕事をクビになるわけでも。
リュウが俺を団長に引き渡すわけでも。
団長の意図は、深く考えない。何にもない。リュウも団長のことを話題に出さないし、俺も考えないようにしてた。
だけど、ある日の夕方。学校からの帰り。市場で買い物して、足早に家に向かっていたとき。
物陰から、ひゅいっと人影。
「やあ、ショウ」
人通りの少ない狭い道で、突如俺に声をかけてきた男。マフラーのようなもので顔を半分隠してるその男。
「どちらさまでしょうか?」
騎士団の団長って分かったけど、分からないフリしてやった。すっとぼけた適当な態度を見せたけど、心の中では緊張。何もなければいいと思ってたのに、現れた。何だ、何の用だ。何を勝手に呼び捨てにしてるんだ。
「パーティーで会ったよ。覚えてるよね。本当はもっと早く会いに来たかったんだけど、なかなか忙しくて。私のことは、イオと呼んでくれるかな?」
呼ばねーよ。と、心の中で悪態をつく。さすがに声には出さない。
「はあ、そうですか。それでは…」
すたこらさっさと脇を通り過ぎようとしたけど、すれ違いざまに手を掴まれた。腕じゃなくて、手。指輪をしている手を掴まれた。
「貴族といっても、生活は大変そうだね。手が荒れている」
そりゃ手も荒れるっつうの。洗濯機が無いから服は手洗い。キャベツ切りまくってるせいか、手がゴワゴワのガサガサ。
だけど。
「大変じゃありません」
フンっと掴まれた手を離し、何の抑揚もつけずに返事。団長を無視して、ずんずん歩く。その俺の背中に、団長は穏やかではない言葉を投げかけた。
「ショウの指に、その指輪は似合わないね。今度、もっと似合う物を私が贈ろう」
無視しようかと思ったが、思わず振り返る。で、キッと睨んだ。
「いりません」
この世界の習慣。指輪を贈るのは、結婚を申し込むとき。
既婚者と分かってて言い寄ってきた。なんて奴だ。やっぱり、パーティーのアレはナンパだったのか。うおおお…。俺をナンパする男。目が腐ってるんだな、きっと。
ムカムカした気持ちで家に帰り、そのままの気持ちで夕食を作った。切った野菜は大きさバラバラ。スープの味はしょっぱい。
「ただいまー。あーお腹空いたー」
のん気な顔して帰って来たリュウに、団長に会ったことは何となく言えなかった。
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