第12話

歓声は大広間のドア付近から始まり、そして中央に広がっていった。


「騎士団の皆さまだわ!」

「今日はいらっしゃらないのかと思ってた」

「ああ、やっぱり素敵!」


おお…。騎士団ってアレだよな。

高給取りなんだよな。そんな情報しか知らないが、この歓声からするにイケメン揃いなのだろうか。

まあいい。俺には関係のない遠い世界の話だ。それより、俺まだ何も食ってないんだよ。リュウもまだ食ってないはずだから、何か一緒に美味い物を取りに行こうっと。


そう思って立ち上がり、リュウを探してキョロキョロと会場を見渡した。

すると。リュウじゃない、ひとりの男と目が合った。すっごい美形の男。その男が俺を激しくロックオンしながらツカツカ歩み寄ってきた。なんだ。俺、何か変か?


男は俺の前で立ち止まり、手を胸に当ててすっとお辞儀。見惚れるような仕草だった。


「失礼。お名前を伺ってもよろしいですか?」


美形すぎのその男。周りから「団長が…」「声かけてる相手、誰?」とか聞こえる。

騎士団の団長?俺、騎士団に目を付けられるようなことしてないよ…ね?敢えて言うなら、違う世界からやってきて、不法滞在。不法滞在じゃないと主張するため、ここはしっかり名乗らねば。


「ショウ・セリュウ…と、申します」


ここにきてリュウの名字を名乗る。貴族だし。偽装夫婦だけど夫婦は夫婦だし。ただ、俺の名前を聞いて、団長は首を傾げた。


「セリュウ家の方ですか?文官のセリュウ殿の弟君ですか?」


俺は慌てて手を振って否定。


「いえ、違います。その、セリュウ家の弟の…」


嫁…。とは言いたくないが、俺の今の立場は嫁なんだよなあ。嫁という言葉を口に出そうとしたが、団長の視線が俺の手、指に向けられた。

と、その時。


「ボ、ボクの妻に何か用ですか?」


突然割って入ってきたリュウ。俺をかばうように団長に立ちはだかるリュウ。ちょっと震えてないか、お前。


「いえ、可愛らしい方でしたので、つい声をかけてしまいました。それでは、また」


団長は俺に向けてニッコリと笑顔を見せ、優雅に立ち去った。


俺はキョトン。リュウはプルプル震えてる。

あ、もしかして、これって。リュウは俺をナンパから守ってくれたのか?…ナンパ?あれは職務質問?まあ、どうでもいいや。

俺はリュウの袖を引っ張った。いい生地の服だなって、改めて思った。


「リュウ、帰ろう」


「…うん」


そこからは無言のまま歩いて、お城を出た。庭を歩き歩き、花壇の薬草には目もくれず歩き。お城の敷地を出て、街へ一歩。そこでリュウは呻き声をあげた。


「ボクの出世は、終わった…」


「そうなのか?」


「騎士団団長の邪魔をしてしまった。いくら上司に気に入られても…。団長は、ヤバい」


邪魔。ナンパの邪魔?職務質問の邪魔?それはあとで考えるとして。


「何がヤバいんだ?」


リュウは深い深いため息を吐き、どよどよした声を発した。


「団長の家は、もともと王族だったんだ。先代の時に臣下に降りたけど。ボクみたいな下級貴族は太刀打ちできない。働いてるのは全然関わり合いない機関だけど、団長は簡単にボクをクビにも閑職に追いやることもできるよ。…うう…ううう…」


うめき声をあげるリュウ。その背中をバシンバシンと叩く。俺の気持ちは、リュウの呻き声に反して明るい。


「気にすんな。いざってときは、俺が養ってやるよ」


俺がせっかくそう言ってるのに、リュウはしょぼしょぼしょんぼりうな垂れたまま。


「ああ…。こんなことになるとは。せっかくのお城なのに、パーティーなのに。せっかく兄さんに頭下げて上等な服を仕立てたのに…」


…何だと?頭下げた?


「おい」


俺が低い声を出すと、リュウは自分の失言に気付いたようで動きがぎこちなくなった。バシンとひとつ、リュウの背中を大きく叩いてみた。吐かせる。絶対吐かせる。


「………。結婚祝いのお金、実はショウの学費払った時点でなくなってたんだ。

だけど、せっかくのお城でのパーティーだし。ボクはいずれ宮廷魔導士になってお城に行く機会もあるだろうけど、ショウにとってはお城に行くこと自体が人生に一度かもしれないチャンスだし」


俺をお城に連れて行きたくて、お兄さんに援助を頼んだのか。バカだな。本当にバカだ。


「明日から、借金返済生活に突入だ。葉っぱだけの野菜スープに戻るからな」


そう言って、最後にもう一回、リュウの背中を強く叩いた。


「うん。ボク、野菜スープ好きだよ」


俺のことを野蛮人だのなんだの言わず、底抜けの明るさでリュウは頷いた。


リュウはどんなつもりで団長の邪魔をしたのだろうか。

ナンパだと思って、俺を守ったのだろうか。

職務質問だと思って、俺を守ったのだろうか。


なんとなく聞きそびれてしまった。ただ、団長に立ちはだかったことだけは嬉しく思った。

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