第10話

ある日の晩。

俺がメシの支度をしてたら、玄関がバタンと大きい音を立てた。


「うるせーな。静かにしろよ」


帰って来たリュウを一睨みするが、なぜか無駄にウキウキしてて何にも効き目がなかった。


「聞いて聞いて。来月の末に、お城でパーティーがあるよ」


「パーティー?」


料理の手を止め、リュウに向き直る。


「うん。王様が王立の機関で働いてる人たちのために、何年かに一回開催してくれるんだ。

今回はお城勤めの人たちと、魔道研究所の職員と、あと他にもどこの人たちだったかな…忘れた。…兄さんも来るんだって。兄さん、お城勤めの文官だから」


慰労会的なやつかな。それでも、いつかは宮廷魔導士になりたいリュウにとって、お城でのパーティーは嬉しいものなんだろう。


「よかったな」


リュウの喜びに共感の意を示し、また鍋をかき混ぜ始めた。そしたら、リュウが地団太踏んだ。子どもかお前は。


「ちょっと、他人事は困るよ。結婚してる人は、パートナーと同伴なんだから」


「え?俺も行くの?」


「行くの!面倒くさそうにしないで!こういうの、ボクの出世に関わるんだから!」


「お前…いつからそんなキャラに…」


冗談めかして言ったけど、内心かなり驚き。研究所での出世なんかにこだわらないで、いい意味でも悪い意味でもドカンと何かやらかすのがお前じゃないのか。

俺の胡乱な目つきを気にすることなく、リュウはヘラヘラ笑った。


「あはは。ショウを路頭に迷わせるわけにはいかないからね。それに、お城のパーティーなんて、ショウにとっては人生に一回あるかないかだよ。ボクはいずれ宮廷魔導士だけどね」


だから、俺たちは夫婦じゃないっつうの。

…いや、リュウは別に夫婦だからって、俺が路頭に迷う心配をしてるわけじゃないか。召喚したリュウと、召喚された俺。リュウがいなけりゃ、確かに路頭に迷う。


ま、それはともかく。偽装夫婦だけど、夫婦らしくして出席せにゃならない。


「パーティーだったら、正装しなきゃいけないのか?」


俺が観念すると、リュウは大きく頷いた。


「そうだね。次の休み、仕立て屋さんに行こうか」


「ああ…」


鍋をぐるぐるかき回しながら、頭もぐるぐる。服にいくらまで使えるか計算。王様主催のパーティーだったら安っぽい服ではいけないだろう。リュウめ…。少しは家計のこと心配しろ。


「あれ?表情が暗いよ?安心して、パーティーと言っても、立食形式だから。マナーとかあんまり気にしなくても大丈夫だと思うよ。でも、手づかみは止めてね」


コイツはどこまで失礼なんだろうか。腹も立つけど、それより頭が痛くなってきた。


そして、数日経った休日の朝。

リュウにたたき起こされた。「今日は服を仕立てに行くよー!」と、遠足当日の小学生ばりのテンション。俺はのろのろとキッチンの椅子に腰掛けて、リュウに冷静になるよう促す。


「なあ、服は実家に何かあるんじゃないか?お前は貴族の坊ちゃんだろ?」


リュウは大真面目な顔で頷き、次に首を横に振った。


「そりゃあボクは貴族の家の者だけど。でもさ、夫婦で行くときは、お揃いにするのが習慣だから。やっぱ仕立て屋に行かないと」


まさかのお揃い。ますます仕立てにいくわけにはいかない。お揃いなんぞ勘弁してくれ。そんな気持ちもあるけど、気持ちよりも先にどうにもならない問題がある。


「あのな。言いにくいけど、上等な服は仕立てられないと思うんだ」


パーティーがあると知ってから、友達に聞いたりなんだりで情報を集めた。それなりの服を仕立てるには、2人分でリュウの一ヶ月の給料が飛ぶのだ。というか、今、そんなお金はこの家にはない。


どうして俺がお金のことで頭を悩まし、言葉を選んで伝えなきゃいかんのだ。が、俺の憂鬱な気分を吹き飛ばすように、リュウは笑った。


「はっはっは。安心してくれたまえ。実はまだ残ってたんだよ。結婚祝いのお金。…これで最後だけど」


…おのれ。金のアテがあったから、あんなにはしゃいでたのか。


「お前なあ。最初からそう言え!」


リュウの額に水平チョップ。俺が金銭のやり繰りに頭を抱えていたってのに。のん気なものだ。


結局、服屋に着いたのは昼前。俺の活動範囲である学校と市場とは全然違う方向にあった。

高校の制服の採寸以来だなと、少し元の世界のことを思い出したりもしながら、腕の長さ、股下、ウエスト、いろいろ測られた。リュウの股下が俺より2センチ長くて、「ボクのほうが足長いね!」と自慢げだった。あとで上から叩いて身長を縮めてやろうと決意した。

生地を決めるとき、リュウは俺に意見させずに勝手に決めた。


「ボクはこの深い赤色。ショウはこっちの緑がかった青」


お揃いといっても、同じデザインってだけで、色まで同じじゃなくて安心した。デザインにもリュウは注文つけてて、俺はふんふん頷きながら聞いてるだけだった。


二時間近くも仕立て屋にいて、ようやく店を出たときは俺はお腹空きまくり。だけどリュウは全く腹を空かせた様子もなく、ニコニコへらへら。


「出来上がりは2週間後だって。ボクが仕事の帰りに受け取りにくるね」


「ああ、頼む。忘れるなよ」


どこかで昼飯調達して帰るか、そう言おうとしたのに、リュウに遮られた。


「そうだ!ショウにボクの職場を見せてあげる。ここから歩いてすぐだから」


嬉しそうなテンションだから、断りづらく。仕方なしについてった。

仕立て屋を出てから、緩やかな坂を5分ほど上る。すると、そこに重厚な建物が姿を現した。


「ふーん。結構デカい建物なんだな」


明治初期に外国人の建築家が立てたような…そんなアレ。


「でしょ。ボク、南の棟の一階に研究室があるんだ」


「へー」


楽しそうに自分の仕事を話すリュウ。仕事が好きでなにより。クビにならないでくれよ。

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