第8話

学校。

そこは専門学校のような、職業訓練校のような。俺はそこで1年間学ぶことになった。

出納帳の書き方とか、役所への手続き方法とか、ソロバンみたいな道具で計算する方法とか、給料の計算式とか。丁寧な字を書く授業もあった。パソコンがなくてみんな手書きだから、丁寧な字のほうが就職に有利らしい。


馴染めるだろうか。こっちの習慣についていけるだろうか。そんな不安はあったけど、久々に机に向かって授業受けるのは楽しかったし、すぐに友達できた。


「あ、指輪してるんだね。羨ましい」


ある授業のとき、隣に座ったヤツに言われた。


「え?ああ、うん」


リュウにもらった指輪は嵌めっぱなしになってた。ジャストサイズがゆえに、抜けなくなってしまったのだ。仕方ないからそのままにしてる。


「贈るより、贈られるほうが愛されてる感じするもんな」


「…そうかな?」


俺たちは偽装夫婦なので、愛だのなんだのは存在しない。

曖昧に笑うと、「無自覚か!」と冷やかされた。…ぞわっと鳥肌が立った。リュウと本当に夫婦って想像すると…気持ち悪い。


そのあとも、ポツポツと友達や知り合いが男女ともに増えた。高校生のような学生ノリとは少し違うけど、友達と他愛ない話するのってこんな感じだったなあと懐かしく嬉しい気持ちになる。


快く学費を出してくれたリュウに感謝しなきゃな…。そう思っていた、ある日の昼飯時。同じ授業を受ける何人かでメシ食ってたら、その中のひとりが俺の指輪を見て言った。


「ショウの旦那さんって何してるの?」


心の中で“偽装夫婦だから!”と叫んだあと、俺は答えた。


「王立魔道研究所で働いてる」


すると、おおーっと歓声が上がった。やっぱ、エリートなのか?あのリュウがエリートなのか?


「すごいね。問題起こさない限り、生活は一応保証してもらえるんでしょ?」

「でも、給料安いんだよね、王立ってどこも」

「騎士団くらいだよね。王立で高給取りって」

「そりゃねー。ていうか、騎士団なんて別格じゃん…比べられないって」


…。そうか。そこで働いてるのは一応ステータスだけど…。


「やっぱ、給料安いんだ」


初めての給料日、リュウが俺に袋ごと渡してきたのを思い出した。『計算得意でしょ?やりくりヨロシク…』と、暗い顔してた。


リュウのあのときの暗くて情けない顔を思い浮かべてると、グループの中のひとりの女の子がものすごい勢いで頷いた。


「うん!安い!私の旦那は王立馬術訓練所で働いてるけど、やっぱ安いよ。私も週に何回か学校のあとで市場で働いてるの。卒業するまではそれでナントカしようと思って…」


「そうなんだ?」


「そーゆー人、多いよ。私だけじゃなくて、あの子もあっちの子もそうだと思う。

ショウの旦那さんは何も言わないの?」


女の子は、教室内の右と左に視線をチラリチラリ。そして、最後に俺を見て首を傾げた。そうか。共働きが当たり前なのか。


「なんか、アイツは俺が働くことが想像できないみたいで…」


リュウの失礼な言動を思い起こす。俺が外で働くのを、頭の中にほんの少しも置いてなかったあのリアクション。


「うわ。出た、ノロケ。旦那さんはショウを働かせたくないんじゃない?」


「ちげーよ!」


皆にひとしきりからかわれたあと、ふてくされた俺に女の子が提案してくれた。


「私が働いてる店のお向かいさんが、人手足りないって言ってた。もしよかったら紹介しようか?」


市場で働く。市場には買い物に行くけど…実際自分が働けるかというと。できるできないは関係ない。働かなければならない。


「…うん。頼む」


リュウの許可は別に要らないよな…。晩飯さえ作ってれば平気だろう。本当の夫婦じゃないから、なおさら、リュウの負担を減らさないと。


働く話が決まった晩。


「俺、夕方の数時間だけだけど、市場で働くことにしたから」


晩飯を食ってるリュウに言うと、ビックリしすぎたのかジャガイモ刺さったままのフォークを落としやがった。今日の晩ご飯はふかしたジャガイモと魚。


「え?キミが?働けるの?」


「それ、どーゆー意味ですかね?」


俺が低い声で尋ねると、リュウは俺が怖いのか視線を外した。


「いやいや…。キミは野蛮人だから…働くのに向いてないような。しかも市場。人と関わって大丈夫?すぐ人を叩いたり蹴ったりするキミに務まる?」


「失礼だな。働けます。それに、俺が叩くのはお前だけだ」


「そう?ま、反対はしないけど…。ムリはしなくていいからね」


フォークを拾って、再び食事を始めたリュウ。

リュウが安定して給料を貰えるおかげで、食事は結構マシなものになった。葉っぱだけの野菜スープとはオサラバできた。だけど、その先。もう少しいい食材だったり、服だったり、生活用品だったり。そんなものを、財布と相談しまくって買う生活ともオサラバできるならしたい。

そのためにバイトするのは必然だったって、今頃気付いた俺だけど。


けどさ。リュウは俺が野蛮だから働けないと思ってるのか?ただ心配してるのか?

………それとも、俺の人間関係が広がることで、自分の失敗がバレる危険性が増すと感じてるのか?

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