第6話
町から馬車に乗って丸一日。ようやくたどり着いた王都。いくつか町を経由したけど、比べ物にならないほどデカい。
馬車から降りたのは、多くの人が行きかう広場だった。すでにこの時点で、俺は圧倒された。村での生活に慣れていたから、人の多さに驚いた。
「ほら、ボンヤリしてないで。行こう」
リュウはとうとう着いてしまったと言わんばかりの、淀んだ表情。けど、歩く方向には迷いない。さすが地元と思わせた。
王都の中心に、お城があるらしい。その方向に向かって、足取り重く進むリュウ。
貴族だから、城の近くに家があるんだろうか。進むにつれ、大きい家が並ぶようになってきた。歩いてる人たちの服装も、オシャレでお金かかってそうな感じ。
俺たち、完全に浮いてる。
ここの人たちに比べたら野暮ったいと言われても仕方ない服装。それに、町の宿は風呂無しだったので、村を出てから風呂に入ってないのだ。かろうじて体は拭いてるけど、完全に清潔だとは言い難い。
これは俺たち、不審者として通報されんじゃねーの?と思い始めたその時、リュウが足を止めた。
「ここ、ボクの実家だよ…」
そこは、お屋敷だった。門扉から見える庭は手入れが行き届いてるように見え、リュウっていいとこの坊ちゃんなんだと感じた。
リュウが恐る恐る呼び鈴を鳴らすとすぐに門扉が開き、執事さんっぽい人に出迎えられた。その人はリュウを見て笑顔、そして後ろにいる俺を見て、不思議な顔。
「リュウ様、おかえりなさいませ。…その方は?」
「あとで、兄さんに説明するから…」
俺はぺこりと頭を下げて、どよーんとしたままのリュウに着いて家の中へ入った。
案内されたのは、応接間。
ソワソワ貧乏ゆすりするリュウに「落ち着けよ」と声をかけるも、上の空。「嫁はイヤだ。嫁に行くのは…」とブツブツ言ってた。
嫁回避のために俺と偽装結婚したんだろうが、と、ビシッと頭にデコピンするが、何の反応も見せずにブツブツ言い続けてた。ちょっと怖い。
リュウに若干引いて、放っておこうと決めてしばらく。ドアがノックされて、ひとりの男性が入って来た。
「待たせたな」
堂々と落ち着いた雰囲気の男性に、リュウはビクッとしてへこりと頭を下げた。
「兄さん、お久しぶりです」
リュウのお兄さんは、リュウをキリッとした感じの、見ただけで頼りがいのありそうな人だった。
さてどうやって話を切り出すんだろう、と、リュウに視線をやった。そしたら、いきなり本題に入った。
「に、兄さん!ボクはこの人と結婚しましたから!だから嫁には行きません!」
リュウの叫びに、お兄さんはキョトン。
「唐突に何を言い出す?何の話だ?」
「え?『態度を改めないと嫁に行かせる』って言ったのは兄さんじゃないですか…」
ブツブツと小声で恨めし気に話すリュウに対し、お兄さんはようやく思い当たることがあったのか大きく頷いた。
…イヤな予感がする。リュウがとんでもない勘違いをしているような、そんな予感。
「ああ、あの話か。あれは冗談だ。それに、あの人は結婚したよ。お前が家出してる間に、結婚式に呼ばれて出席した。盛大な式だったよ」
「え?」
「お前の居場所は、だいぶ前から分かっていた。だが、家を飛び出して1年も経とうというのに老師に謝らないから、叱ろうと思って呼びつけだんだ」
リュウをしばきたい。渾身の力でしばきたい。手をぐーぱーして、なんとか怒りを抑えてたら、お兄さんが俺を見た。
「キミ、名前は?」
「…ショウです」
本当は矢野祥吾だけど。面倒なので、ショウで通す。
「ショウくん、リュウと結婚してくれてありがとう。
リュウはプライドが高いくせに、そそっかしくて、間抜けなところもあるけど…悪い人間じゃないんだ。支えてやってくれ」
あ、否定しなきゃ。
偽装結婚はもう意味ない。リュウはオッサンと結婚することないし。というか、お兄さん的には結婚そのものがリュウに対してのただの脅しなんだろうし。
だけど、俺が否定する前に、お兄さんは今度はリュウに向き直った。
「なあ、リュウ。結婚したんだから、身の振り方を考えろ。老師に謝って、チャンスをもらえ」
リュウはこの場をどうするつもりだろう。偽装夫婦であること、もちろん言うよね?言えよ?と、願いを込めてリュウの返答に耳を澄ませた。
「…はい。自分の立場を自覚し、すぐに師匠に謝りに行きます」
おい!なんで素直にうなずいてるんだ!
睨みそうなのを我慢できそうにない。睨むのを隠すため、俺はお礼をするようにお兄さんに頭を下げた。
話し合いが終わり、今度はリュウの部屋に移動。久々の自分の部屋に落ち着いたのか、リュウはボスッとベッドに寝ころんだ。
「あー。怖かった」
ほっとしてる様子のリュウに、俺はイライラ。
「おい!なんで否定しなかったんだよ!」
リュウはうつ伏せになって俺の顔を見ずに、何やらもにょもにょ。
「兄さん怖いし…。嫁に行くのを回避するための偽装結婚だってバレたら、また怒られるし…」
「怒られたらいいんだよ、お前は」
ベッドに近づいてべしっと後頭部を叩く。3秒ほど固まったかと思うと、のそのそベッドから降りた。
「今から師匠に謝りにいくよ」
「ヒトの話を聞け」
「多分、どこか就職の世話してもらえると思うから…。夫婦だったら安く部屋を借りることできるんだ。キミとボク、利害関係一致でしょ?」
「結局金か。まあ、そうだな」
「まあね。ウチは貴族だけど、経済的に依存するのはちょっとね」
子供のようにえへんと胸を張るリュウ。そんな謙虚な気持ちがあるなら、どうしてそもそも師匠とケンカしたんですかね…。
いや、今更言っても仕方ない。
「そーゆーとこは、エライな」
いろいろ言いたい気持ちを抑えて、褒めてみた。すると、リュウはアンニュイな表情を浮かべた。
「だって、援助してもらう代わりに、何か条件出されたら怖いもの」
ふー…と、溜め息を吐いて窓の外を見るリュウ。…溜め息吐きたいのはこっちのほうだ。
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