第5話

リュウが頭を抱えている横で、俺は手を洗って晩飯の支度を始めた。パンと野菜スープ。なんとも質素な晩ご飯。


…いや、でも。実際のところ、これからどうなるんだろう。

リュウが実家に帰るんだったら、俺はここでひとりで暮らしていくことになるのか…?生活できるかな。村の人は親切だけど。俺がこの村でできることって何にもないよな。


野菜をザクザク切りながら、自分の身を案じていたその時。突如、リュウが叫んだ。


「そうだ!ボクとキミが結婚したらいいんだ!一緒に兄さんに報告しに行こう!」


「はい?」


「結婚したら、嫁に行かずに済む!太ったオッサンより、キミのほうがいくらかマシだ!」


包丁をそっと置いたあと、リュウの頭をぺシンと叩いた。


「何言ってんだお前」


リュウは叩かれた頭をさすりながら、真剣な面持ちでテーブルの一点を見つめていた。


「本当に結婚するわけじゃないよ…。キミみたいな野蛮人と…。

偽夫婦だよ。ボクがオッサンと結婚しないための偽装だよ。さすがに兄さんも離婚させてまでオッサンに嫁がせようとしないだろうし」


「あのなあ…」


リュウの頭の中はどうなってるのか。

だけど、リュウに去られてひとりになったら生活基盤もないし。うーん。偽装結婚するのがいいのか。


「仕方ねーな。お前がいないと、俺は路頭に迷うし」


「ホントだね」


元はと言えば全部お前のせいだから。びしっとリュウの頭を指で弾いて、晩飯の準備に戻った。



次の日。リュウの家がある王都へ行く準備を始めた。リュウは「次の満月までまだ時間あるし…」と渋ったけど、「イヤなことを先延ばしにするな」と尻を叩いた。


ここに戻ってこられるのか、それとも戻ってこられないのか。それをリュウに聞いたら「兄さん次第かな」というあいまいな返事だった。


村長に王都へ戻る旨をふたりで伝えに行くと、「1年前行き倒れになってたリュウさんが…。王都に戻りなさるか…お気をつけて」と言ってくれた。

おい、リュウ、お前、行き倒れになってたのか。


顔見知りの村の人たちに、できるだけ別れの挨拶をした。いつ戻れるか分からないし、二度と戻れないかもしれないから。

餞別にいろいろ貰った。

野菜を分けてくれたおじさんは、旅行用の大きいカバンをくれた。料理を教えてくれたおばさんは、使い込んだボロボロのレシピくれた。人の優しさに泣きそうになった。


晩、荷造りしながらリュウはこれからの予定を気が重そうに話した。


「明日の朝、東の村に行くよ。歩いて1時間くらいかな。そこで町までの馬車に乗って、町で別の馬車に乗り換えたら王都だよ」


「どのくらいかかるんだ?」


「三日もあれば余裕で着いちゃうよ…」


リュウはどよーんと暗くなった。そんなに実家が怖いのか。だけど、俺もちょっとだけ心細い気持ちになった。この村の外…。何があるんだろうか。村から離れることや先のことを考えると、その日の夜は寝られなかった。


翌朝、村長をはじめ何人もの村の人たちに見送られ、俺たちは王都へ出発。

一時間も歩くと、道も広く整備され、すれ違う人の数も増えた。今までいた村よりも大きい村に向かってるんだなと実感してるうちに、東の村に到着。


「馬車乗り場、あっちみたい」


馬車。それはまるで…。軽トラの荷台を馬が引いてるような。そんな馬車だった。

おそらく、値段によってグレードが変わるんだろう。

幌がついたものや、乗り心地良さそうなものもあったけど、荷台の馬車のほうが安いんだろう。

リュウの懐事情を知ってるので、黙って荷台に乗り込んだ。


荷台にずっと座ってると尻も腰も背中も痛かったけど、リュウが愚痴を言わずにボケーっとしてるので俺もボケーっとすることにした。俺は村を離れて不安だし、リュウは兄さんにビビってるんだろう。そんなに怖いのか?俺には関係ないと思ってたけど、俺も何かしらの覚悟が必要なのか?


東の村を出た馬車が町に着いたのは、日が暮れる頃だった。


「次の馬車は明日の昼に出るみたい。今日は宿を取ろう」


リュウは溜め息を吐いて、すたすた歩いていく。俺は町をきょろきょろ見渡しつつ、リュウに着いて歩く。石畳の道路に、大きくても3階建ての家や店。雰囲気はRPG。


やっぱ異世界だなーと思って歩いてたら、リュウが立ち止まった。


「なに?迷った?」


明らかに宿じゃない店の前で立ち止まったリュウ。てっきり道に迷ったのかと思いきや。


「いや、その前に…。偽装とはいえ夫婦だからね…。兄さんに紹介する手前、キミに指輪を贈るよ」


「指輪?」


「うん。結婚を申し込んだ人から申し込まれた人に指輪を贈るのが、こっちの習慣なんだ」


立ち止まったのは、宝飾品店の前。リュウは俺の意見を聞かずに店へ入った。そして、ショーケースを前に、リュウは自信満々に言った。


「さて、どれにする?」


謎の威風堂々ぶりに、俺は呆れるしかない。


「お前…。金ないくせに…」


「あはは。まあね。ここから向こうのケースは見ちゃダメ。こっちのケースの中から選んで」


リュウが指したのは、安い値段の指輪が並ぶケースだった。

だけど、俺は少し感動した。

形だけだったら雑貨屋でチープな指輪を買うこともできただろうに、わざわざ宝飾品店に連れてきたわけだし。


「これがいい」


俺が指差したのは、一番安い指輪。高いケースの中には金の指輪とか、キラキラした石がついてるのがあったけど、これは何の石もついてないシンプルなシルバーの指輪。


「よし。任せたまえ。サイズ測ってもらおう。既製サイズのがあるといいな。作ってる時間は無いからね」


店主に指のサイズを測ってもらうと、ディスプレイされていたので大丈夫とのこと。

だからそれを買って、すぐに指にはめた。


今まで指輪をしたことがなかったので、違和感がバリバリ。まあ、リュウのお兄さんに会うまでは仕方ないかと諦めた。

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