9 幕間

 さよりは呆然として立ちすくんでいた。

 手からざるが落ちて、鮑や栄螺、海鼠などが転がった、

 涛の小屋が燃えていた。ほとんど全焼している。

 海のすぐ傍だ。風が強い。火が回るのもあっという間だったことだろう。

 火元はたぶん小屋の脇に設けた竃だ。煮炊きの際は、つきっきりで火の番をする必要がある。最近、煮炊きをおぼえた美潮にも、それは口が酸っぱくなるほど言い聞かせていた。だから美潮は、さよりか、涛がいる時にしか火を使うことはなかった。

 さらに、周囲は異常なありさまだった。

 無数の魚が死んでいた。海はすぐ傍だ。だが、波が運んできた、とはとても思えない数だ。

 そして、魚たちに埋もれるようにして、村の少年たちが死んでいた。さよりも顔見知りの、ロクマサの腰巾着たちだ。

 彼らの口には魚が詰まっていた。鼻の穴や目玉があった場所からも尾びれが飛び出していた。さらには腹が餓鬼のように膨れ上がり、腹腔が裂けて、魚の銀色のうろこが見えていた。まるで、魚の大群に突っ込んで、全身の穴という穴からその侵入を受けたかのようだった。

 そして、ロクマサの生首が転がっていた。魚に囓られた跡が無数にあり、眼球が両方ともなくなっていた。身体は――わからないが、小屋の焼け跡に、壊れた人形のような焦げたものがあって、それがそうなのかもしれない。

 あまりの惨状に気が遠くなりかけたさよりだが、気を取り直して、あたりを見渡した。

「美潮! どこ!?」

 名を呼んだが返事はなかった。

 そして、ほどなく、小屋から海に向かって、何者かが這っていったかのような血の跡を見つけた。

 さよりの眉根が引き寄せられた。

 海の先を見た。

 遠く、墓島が見えた。

 その墓島の方から黒雲が迫ってきていた。

 どす黒い雲は嵐を思わせた。

 さよりの唇が無意識にうごいた。

「涛……にげて」


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