終末は夏日となるでしょう 作:水仙

記録開始。




西暦二〇二二年六月五日、日曜日。午後二時。




旅に出ようと思う。西に、行けるところまで。思い立ったが吉日、動機は個人的興味。どうせ世界がこんな有様じゃこの現象が不意に止まったところで、復興には時間がかかるだろう。そして私はそこで何かの役に立てる人間ではないのだ。




記録終了。












記録開始。




西暦二〇二二年六月六日、月曜日、午後四時。




男子中学生を拾った。一人で道を探しながら運転するのはやはり中々厳しかった。カーナビ代わりと話し相手にはちょうど良い。向こうも向こうで同道にはメリットがあるらしいので利害の一致というわけだ。原因不明の陸地消滅という世界滅亡の目の前にして面白い事がしてみたいから家を出てきたという彼には好感が持てる。


 こういう事態でもないときっと一生繋がりはなかっただろう人間との縁が結ばれるのはなかなか面白い。明日には中国地方に入る予定だ。無論、存在していれば、の話だが。最後にネットで見たときは消えているという話だったが、それは中国地方も同じなので結局行ってみないと分からない。




 記録終了。












 六月八日 火曜日 多分晴れ




おはよう、昨日のあたし。


まだお父さんもお母さんも帰ってきてない。多分帰ってこないと思う。知ってた。悲しいのかどうかよく分からない。


スマホと時計は午前十時過ぎだと表示してる。外は明るい、少なくとも夜ではないように見えるから多分、間違ってはいないはず。まだあたしは生きている。できれば寝ている間に終わりが来てほしい。


あい変わらず外は騒がしい。痛めつけられてよろこぶ趣味も、苦しみ抜いて死ぬ趣味も持ち合わせていないので、今日も今日とて部屋に引きこもる事になると思う。未だに警察と自衛隊が仕事をしているのはこの国らしいと言えばこの国らしいけど、あまりあてにもできない。


ライフラインとインターネットが生きているのは驚きだ。書いてある事が正しければ北海道と関西以西全部が消えたらしい。それが本当ならあたしは死んでるはずなので信ぴょう性はうすいのだけど。




世界の終わりってこんな軽い感じだったっけ。小説とか漫画とかだともっとこう████████やめやめ。創作は創作だったんだ。というかそういうのは多分主人公格の見る世界でしょ。








結局途中でネットが死んだけど丸一日ゲームしてた。どうせ終わるんだ、こんな感じで良いんだよ。


生きていたらまた明日。おやすみなさい。


頑張って、そしておはよう、明日のあたし。












 六月十日 金曜日 晴れ




不審者か強盗だと思った。違った。ロマンが向こうからやってきた。最高じゃん。












 六月十日 金曜日 晴れ




これに何の意味があるかは分からないけど自分もこれに書き込むことにした。下手すると明日にも何もかも消えてしまうというのに我ながらずいぶんとのんきな事だと思う。ただ今のところこういう事くらいしかやる事がないのは事実だ。


我々は今藤井さんの運転する車で西へ走り続けている。ネットが死んでいるせいで現在位置を紙の地図で照らし合わせながらどうにかこうにか、消えた陸地のすきまをぬうように道をたどっている。


車に乗っているのは、運転手として研究者だという藤井さん、助手席のナビとしてこんなご時世にひまを持て余した男子中学生な自分、後部座席ににぎやかしとしてどこにでもいるような女子高生な月見里せんぱい。よく分からない面子だ。


藤井さんは実地調査の為、自分は物見遊山、今日着いてくる事になった月見里せんぱいはよく分からない。正直自分達はだいぶ怪しい道連れだと思うのだけどどうしてついて来る気になったのか。いや、藤井さんにさそわれてほいほいついてきた自分も自分だけど。


まあ、でも悪くはないと思う。世界の終わり間際に血のつながりもない偶然で集まった面子で車に乗り込んで旅行、なんてマンガかラノベの世界観だ。正直わくわくしている。せんぱいの言葉を借りるならこうだ。


ロマンが向こうからやってきた、最高じゃん。












 記録開始。




 西暦二〇二二年六月十一日、土曜日。午前九時。我々は……何? 記録者名が要る? 様式美? わかった、わかった。記録者名、藤井夏美。同行者名、月見里美歌、及び滝本啓斗。




我々は今、九州北部の日本海沿岸に居る。私の目的は実地調査。残り二人の目的は……多分、浪漫か何かだ。












「……海だ」


「海ですね」




 路上に停止した車の前で、少年と少女が端的に目の前の光景を呟いた。今まで辿ってきた道は途中で綺麗に断絶し、その先には海がある。




「地図だと大体この辺り、のはずなのだが」




 続いて運転席から降りてきた女性が地図帳と目の前の光景を照らし合わせ、一点を指さした。先に降りていた二人はそれを両側から覗き込む。




「福岡県糸島市、この道がさっきの分かれ道ですね。ほんとならこの道が続いているはずなんですけど」


「完全に沈んでるねー」


「どっちかと言えば消えてる、の方が正しいんでしょうね。この様子だと長崎も佐賀も海の底、でしょうか」


「本当に海の底にあるかどうかは知らんが、まあ無事だとは思えないな……山に登って島影でも探してみるか?」


「暇があったらやってみましょうか……あ、先輩、落ちても助けてあげられないんであまり岸に寄らないようにしてください」




 少年の視線の先で、道路際の少し低くなったところに降りた少女が水面を覗き込んでいた。




「恐らく海水だろうと思うが、専門では無いからよく分からん。あと手元に紐も浮く物もないから近づかない方が良いぞ」


「え、そこは海に引きずり込まれそうな私を助けてくれるんじゃないの?」


「そこまでする義理は無いです。というか何に引きずり込まれるんですか」


「おっきいイカ、とか?」


「そんな化物サイズのイカは深海にしか生息しない。ダイオウイカしかりダイオウホウズキイカしかり、な」


「と、いうわけで引きずり込まれる心配はないので後は先輩が自分で転げ落ちなければ問題はない……ダイオウホウズキイカって何です?」


「ダイオウイカより重く、胴体が長いが腕が短い。全長は今のところはどっこいどっこいだがより大きな個体が居る可能性もある。南極の深海に生息するイカ、だったはずだ」


「初めて知りました」


「まあ、知っていたから何かあるわけでもないからな。さて、この後どうしようか」




 そう言い放った女性は閉じた地図帳を折り曲げ、片手で持ちながらもう片方の腕を真上に伸ばし、背伸びをした。




「何するか決めてたわけじゃないんですか?」


「いや。最初に会ったときに言っただろう、基本的には行き当たりばったりだと。それっぽく実地調査、とは言ったがつまるところこれは私の個人的興味に基づく野次馬なのだからな。昨日も言ったが私の専攻分野は化学の理論系。どう考えても目の前のこれに関係は無いだろう?」


「そうですね」


「君はどうしたい?」


「俺ですか?」


「ああ。月見里も何か提案があるなら言うといい。どうせ皆素人だ、遠慮はいらん」




 しばし思い悩む少年少女。やがて、目の前の水と陸地の境目を左――南の方へ視線だけで辿りながら少年が呟いた。




「このまま岸に沿って南下しませんか」


「その心は?」


「こころ……ああ、えっと、GPSは死んでるので利用できませんけど、地図はありますよね」


「ああ」


「地図と地形をすりあわせればどういう風に陸地が消えているか、みたいな事も分かるかなと」


「……悪くない。時間はかかるだろうが、まあ私達には関係無い話だな」


「先輩もそれで良いですか?」


「良いよー」


 










これから我々は海岸線になってしまった場所に可能な限り沿う形で九州を南下する。これは滝本君の意見によるものだ。確かにここまでの移動で、繋がっている陸地を探してはいたが、陸地の形そのものに注視してはいなかった。それで何か分かる事があるかもしれない。


もちろん、分かる事など無いかもしれない。が、どちらでも良い。世界の消滅、などという、一切合切全てが不明な天変地異を目の前にしている我々には、このまま世界が滅ぼうと、滅びが止まろうと、今のところ時間はあるのだから。


鹿児島か、南のこれ以上行けないところまで辿り着いたらどうするかはまだ決めていないが、その時はその時に決めれば良いだろうと思う。




記録終了。












「行きます?」


「じゃあ行こうか」




少女が再び道路に戻ってきたのを確認し、女性は運転席へ、少年は助手席へ座った。やや遅れて後部座席に少女が乗り込む。




「出発進行!」


「おー」




少女のかけ声に、少年はなんとなく応えた。道路幅を一杯に使いUターン。




「よし、じゃ、道案内よろしく、滝本君」


「任せてくださいな」








 西暦二〇二二年六月十二日。既に八割方の陸地がその住人ごと消滅した地球の、六割方の陸地がその住人ごと消滅した日本列島。左上が丸々欠けた九州地方。


雲一つなく晴れ渡った青空。気温は摂氏二十七度。今年何度目かの夏日。暑い空気の中を、窓を開けた自動車が走る。




「やっぱ丸く消えてますね」


「ほう」


「まん丸?」


「まん丸かどうかまではちょっと……あ、そこ多分右にいけますよ」


「オーケー」


「山も完全に削れてました、何かやっぱ沈んだというよか消し飛ばされた、という表現がしっくりきますね」


「知らないうちに宇宙人でも攻めてきたか?」


「白旗上げたら通じますかね」




 行けるところまで行ってみようかと、理論化学者は好奇心に導かれるまま、ふらりと車旅に出た。




「海! 砂浜! 綺麗!」


「先輩の語彙力が死んでる……」


「降りて足だけでも浸してくるか? タオルはあるぞ。命の保証はないが」


「今なんて言いました?」


「行く!」


「分かったんで耳元で叫ばないでください先輩」




 食料と電池とバッテリーを詰めた大きなリュックを担ぎ、手段の違いはあれど同じ事をしようとする少年に会った。


カーテンも閉ざされた暗い部屋で、終わった日常からひたすら目を逸らし続ける少女に会った。




「おー、これは見事なサンセット」


「晴れてて良かったね。夕日が綺麗。明日も晴れそう」


「夕焼けの翌日は天気が良いんでしたっけ。つまり明日もクソ暑いと。一応今六月のはずなんですけど」


「梅雨入りもしているはずだな。まあ去年もそうだった。ああそうか、元々気候はぶっ壊れてはいたんだな」


「れ、令和ちゃんは赤ちゃんなので……」


「これもそのせいか?」


「赤ん坊の手違いで滅ぶんですか人類」




 日常を捨てた人間が二人、日常が消えた人間が一人。三人で進む終末の車旅行は、今のところは賑やかに進んでいる。

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