もうなんか怪しい

花火大会当日


 茹だる夏の昼下がり、主人公の家の目の前には、主人公のチャリを傍らに佇むセーラー服が一つ。小綺麗にしようとした後はあるものの、膝や肘には幾つかの擦り傷が見られ酷い様相を呈していた。


ピンポーン。


 間延びした電子音が蒼穹に広がって行く。


あきらくんいらっしゃいますか?自転車を返しに来た桔梗と申します。」


「いつもバカ兄貴がお世話になってます。妹の翡翠と申します。兄を今から向かわせるのでちょっと待っていて下さい。」


 こんなやり取りがあったらしく、翡翠は僕の部屋の扉を思い切り開け放って、


「浮気とかサイテーだぞ!このくそ兄貴!」


と叫んでそのまま逃げやがった。


 紅葉との約束ぶんきてんまであとあと6時間を切り、胃をキリキリさせてる僕の気持ちも考えて欲しいものだ、と呆れつつも階段を下り一階へ。そして玄関へと向かう。


「何やってんだ?」


 そこに居たのは、さっき人をまるで英国の二枚舌外交の権化だと言った奴が玄関の引き戸を少し開け、外を覗いている姿だった。僕に急に声をかけられて驚いたのか、胡瓜を背後に置かれた猫の様に飛び上がり、


「おっ、おっ、おっ、お兄ちゃん?わわわわ私は、べべべべ別に、お兄ちゃんのう、う、

浮気相手が見たい訳じゃ無いんだからね!」


 と裏返った声で反応しそのまま右に続く縁側へ走って行った。あんなに慌てて、転けなきゃ良いけど...


 言ってる側からコケた。


 そんなアタフタした妹の姿に癒されていると、外から


「晶くんまだなの〜?」


と僕を呼ぶ声が。この炎天下で待たせるのも悪いと思い、すぐさま扉を開け放つ外へ出る。蒸し切った湿気が纏わりつく不快さを押し除け、外で待つ桔梗の元へ。


「わざわざご丁寧にどうも。じゃあさ、そこ置いといてくれ。チェックは後でするから。」


 返事は無い。ただの屍の様だ...なんて。


玄関から外門までのおおよそ3メートルのアプローチを歩きながら声をかけた。エクステリアから覗く彼女を見て腰を抜かしそうになった。体の至る所に擦り傷や痣がありながらも、一切痛がる様な素振りを見せなかったからだ。


「おいっ!大丈夫か?」


 そう、声をかけるとスリープモードから覚めるように


「はっはい!大丈夫ですよ。少し転んだだけです。」


と、少し間を空けて答えた。


 しかしそう言っている間にも擦り傷からは樹液の様に血が流れ出ており赤黒い斑目模様が顔を出していた。流石の僕もこれを放っては置けず、


「翡翠!救急セットとか諸々持ってこい!どうせまた覗いてるんだろ!」


 玄関に目をやりながら叫ぶ。


するとどうだろうか、『ちょっと待っててー!』と


返事が聞こえてきた。


やはりあいつは覗き魔になっていたか、祓わねば!などと言う無駄なことを考えている間に翡翠は両手一杯に包帯やら消毒液やらを抱えて出てきた。


 いつもの切れを失ったなまくら転校生は申し訳なさそうに、手当を断った。その後されるがままにされた桔梗は体の至る所に包帯を巻き委員長属性が厨二病属性になったのも気にせず帰宅の途についた。


 最高傑作を生み出した、とドヤってる翡翠をどつき、


「アホかお前は......」と呆れるばかりであった。


そして時は過ぎ午後5:30を回った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る