天敵のようなもの

「じゃあ、6:54集合で良いかしら?」

「あぁ、それで構わないよ。」


 教室を刺す日光はより強くなって行く中、僕達2人は当日の待ち合わせ時間などをつめていた。


「失礼するわ。ちょっと彼を借りても良いかな?」


 そう言って入って来たのは、半年前に来た転校生の桔梗だ。左右の肩に伸びる三つ編みは、しめ縄の様に整い、典型的な黒縁眼鏡は、彼女に委員長属性を付与する。THE・地味系を体現している彼女だが、コミュちからは天井をぶち抜き、一週間でクラスの9割超と打ち解けていた。


 唯一、一週間で打ち解けなかったクラスメイトの僕は桔梗に『可哀想な人』判定されたのだろう。その後何かある度に話しかけてくる。正直言って鬱陶しが、話す話さないの問答で勝てる自信が1マイクロもないので諦めている。

 

 そんなのでも、今だけは来ないで欲しかった。故に僕はぶっきらぼうに尋ねる。


「なんの様だ?僕は今お取り込み中なんだ。いつものなら今は必要ないぞ。」

 

 しかし桔梗は薄ら笑いを浮かべ、すぐ様切り返した。


「まぁ、ここで話しても問題ないことだけれど、今日の帰り、自転車借りれるかな?私の自転車、今日はちょっと調子悪くて。」


 頸を右手で掻きながら申し訳無さそうにする桔梗を見て、胸を撫で下ろしながら答える。


「なんだ、そんな事か。ほらっ」


 そう言って鍵は放物線を描いて彼女の元へ...


 チャリン


 届かなかった。


「すまん、届かなかった」


 バツの悪そうな顔をして左斜め下を見る僕に、


「大丈夫ですよ、なんとなく想像してましたから。」


 にっこりと微笑む桔梗、そしてそれを親の仇の様に睨む彼女。そのまな板と山に挟まれた僕は、どうにかして一言を捻り出す。


「えっと...用事が終わったなら帰って貰っても〜」


 彩葉と桔梗は、EUを取り合う米国とソ連の様に火花を散らしまくっている様で、僕の声は届かない様だった。


「私のか・れ・しに随分とぞんざいに扱われている様ですねぇ〜。私・の・彼氏の自転車なので、壊さないように扱って下さいね。」


 彩葉は体中から赤黒いオーラを溢れさせながら言う。しかし桔梗は、気圧される事なく反撃に移る。


「自転車の貸し借りをしただけで、変な関係を疑うなんて、よっぽど彼氏さんの事を信じていらっしゃらない様ですね〜。晶くんが可哀想ですよ?」


 彩葉はギリッっと歯軋り、そして、桔梗を無言で睨む。しかし、桔梗は燕でさえ逃げ切る事が出来ないであろう目線の刃を、いとも簡単に避けて、


「あら怖いわ、彩葉さん。そんなに睨まなくても良いじゃない。そんなだと晶くんに嫌われるわよ。それじゃあまた、夏休み明けに会いましょう。」


 そう言葉を残して、桔梗は去って行った。扉を閉める際に振り返り、


「自転車ありがとうね、晶くん。お礼も用意しておくから。」


 こうして、漸くハリケーンは去って行った。

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