駆け引きに不穏な雰囲気は付き纏いがち

「ここの屋上だ。」


 この時の僕は、今生で最大の勇気を振り絞った。やはりと言うべきか、彼女は訝しげな顔を覗かせた。そこで針を通すほどの隙間も設けず、矢継早に、いや弾次早に繰り出す。


「この校舎はこの市内においてかなりの高所に建っている上、ここからの視界は開け会場がよく見える。夜の学校で花火デート、ロ、ロマンチックだとは、思わないか?」


 この長文は、僕から規則的な呼吸を奪い取る。身体が熱い。彼女に対してこうも長時間顔を合わせる事はなかったからこそ分かる。


 彩葉はか弱い乙女だ、手弱女だ。彼女をここで騙すのは卑下されるべき事だろう。しかし僕には荷が重かった様なんだと。そして束の間の平穏は予定通りに、いや、予定より30%増しの素晴らしさで崩された。


「それは素晴らしい考えね!待ちきれないわ〜。で、時間はどうする?花火大会は確か19時スタートだった気がするのだけれど」


 今にも天に昇っていってしまいそうな笑顔で、これからについてあれこれと妄想している。側から見れば、とても微笑ましい。その時までには気持ちの整理をしなくちゃな...


 花火大会の日、僕は別れを告げるのだから。



一方その頃、下り階段の踊り場にて


「おいっ!あれはどういうつもりなのよ!私はあいつがあの雌猫と別れる様に仕向けろって言ったでょ!」


 肩で息をしながら、誠を問い詰める千鶴がいた。瞳は叛逆の徒を焼き尽くさんとするネロの様であり、語気は苛烈を極めた巴御前の様であった。そんな様子の幼馴染に対して友人は、呆れた様に呟く。


「俺が仕向けるまでもなく、あいつらは別れるよ。」


「えっ...?」


 唖然とする幼馴染を尻目に、誠はまるで独白しているかの様に続ける。


「あいつは自分でも分かってるし感じてる。このまま彼女と恋仲でいれば、自分が壊れると。」


 空調の庇護にない階段は昼が近づくにれ、より一層熱を蓄えんとする。2人の距離僅か30センチ。双方が動かない事によって生じる間。それは当人達にとっては都合よく、また、第三者にとっても、非常に都合が良かった。


「あのぉ〜、まだあの2人は教室ですか?」


 階段の下から、まさに今か今かとタイミングを伺い、獲物へ食らい付かんとする獣がいた。


「んっ?この声は...桔梗か〜!まだあのお二人さんなら教室だぜ〜。2人で乳繰り合っている所に割って入るのはいかんせん無粋だと思うんだけどなぁ〜」


 再び誠はいつものヘラヘラとした捉え所のない反応に戻る。


(今は逆光でこっちをちゃんと視認出来るはずがない。ましてや俺達は、大声で話していた訳じゃない。まぁ気にする事はないか)


 友人は非常に迂闊であった。


「そう大したことを話す訳でもないからね。自転車が壊れたから貸して貰おうと思っていただけだから、そう野暮な事では無いと思うけど。それより2人は、何故階段の踊り場にいるのかな?」


 なんて事まで聞かれてしまった。誠が口籠もっていると千鶴が、


「私達は彼らの邪魔をしない様にここにいたのだ。彼は立ち聞きとか嫌いだからな。だからここで彼らが来るのを待っているのだよ!」


と一息に言い切った。


 それを全てを見通す千里眼の様な瞳で見つめていた。転校生は納得した様に頷き、


「      、じゃあ私はもう行くね。邪魔はしない様にしてくるから安心して。」


 そう言って2人の目の前を颯爽と通り過ぎ、主人公と彼女のいる教室へ向かって行った。何事も無くて良かったと安堵する友人の横で幼馴染は、一抹の不安を覚えた。


最後、何か言っていた様な...

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