そして役者はほぼ揃う

「い、いや、何でもないんだ。なっ?」


 全身から冷や汗が、滲み出しては蒸発していく。30年物の扇風機の様な挙動で、隣を見やる。


「なぁ〜、あいつ愛されてるよなぁ〜。

羨ましいなぁ〜、分けてくれよ〜。」


 ニヤつきながらこんな事を吐かすぬかす2人が、そこにはいた。


...いや、2人?


「幼馴染のお前までそっちにまわるなよ、千鶴!」

「にっひっひっ〜♪やっぱ弄り甲斐有るよね〜」


 八重歯を光らせ嬉しそうに笑う彼女は僕の幼馴染の千夜技 千鶴だ。肩の下で切り揃えられた粟色の髪は、膨らみを持ち、俗に言う『ゆるふわ感』を醸し出しつつも快活さを

感じさせる。


 見た目通りの運動ばかで、勉強に関しては、彩葉と比べ、月とスッポンどころか、ボイジャーとダイオウグソクムシぐらいの差がある。運動極振りの千鶴の事を、僕は...


「何を考えてるの?まさか...他の女の事、だったりしないわよね」


 彩葉は僕の御隠居の様な覇気の無い顔を見て言った。肩を落としため息を一つ、


「彼女がいる前でそんな事考えねえよ。てか何でそう考えたんだよ」

「女の...勘ってやつかな?」

「何故疑問系なのかは知らんが、人を無闇矢鱈に疑うんじゃない」


 僕自身、彩葉と話す事は嫌いじゃない。むしろ、それどころか、好きでさえある。彼女はただ、僕にはなだけだ。


「早く一緒に来てくれないと、浮気判定するよ?」


 13日金曜日のあいつも命乞いをしたくなる様な冷ややかな笑み。僕の体は、ボーズアインシュタイン凝縮を起こすのではないか、と言うほどまでに冷え切る。そして、彼女は怯える僕の腕を無理くり引っ張り立ち上がらせ、腕を組んだ。


「さぁ、行きましょ」


 この時の彩葉が僕だけに見せる満面の笑みは、僕の胸を締め付ける。罪悪感と幸福感との合間にて。


 こういう所は、本当にずるいと思ってしまう。


「なぁ、俺らを蚊帳の外に追いやらないで

くれるかなぁ〜、そこのリア充様達〜。」

「ずるいぞー!晶はみんなの共有物だぞ〜!

独占は、メッ!だぞ〜!」


 空気として濾過されていた彼等が割り込んでくる。僕は背景を知りつつリア充と煽ってくる誠を睨みつけた。


(お前、あれ本気で言って無いよな!)

(んな訳無いだろ〜。あれくらい言わないと隠せないぞ、お前。)

(それはそうだけど...)


 そんな事をアイコンタクトで交わし合う。すると、

「むっ、そこのお二人さん。

アイコンタクトで隠し事とは、いけませんな〜。やっぱり私は置いてきぼりですかそうですか...」


 千鶴はそんな事を言って、乞食の様に項垂れ、拗ねてしまった。


(おい、お前が始めただろ。何とかしろって。)

(そんな事僕に言われても、彩葉が隣にいるんだぞ!いったいどうしろって言うんだよ〜)


 再びアイコンタクトを再開した僕等。そこに何気なく投げ込まれた爆弾があった。それは彼女に言わなければとは思いつつも、喉の峠を越えることができず、瀕死だったものだ。


 それは奇しくも、彼女の口から放たれた。


「そのぉ〜今年こそ花火、一緒に観ませんか?」と。

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