噂をすれば影

ー7月下旬、とある昼下がり、空き教室にてー


「なぁ晶、今年の花火大会どうすんだ?」


 蚊の雑音ひとつ聞こえぬ準密室で、しゃがれた声で話しかけてくる奴がいた。誠は、僕の唯一と言っても過言では無い友人である。


「どうするって、何がだ?」


 やさぐれた返しは、見事なまでに急所を突いた切り返しとなる。


「だから、お前があいつとわk『おいめろ!』」


 彼は何時も、地雷を踏み抜くどころか連鎖反応を起こそうとする。流石の誠も、声を荒らげた僕に豆鉄砲を撃たれたらしい。

 

 僕は直ぐに廊下へ走る。


(今のを聞かれたら...夏休み明け、僕の机は剣山になる!)


取手に手をかけ、スライドさせる。


パッン!


 廊下を一つの管楽器にしたかの如く響くドアの音。染み入っていく音は蝉の求愛に掻き消される。幸い廊下は空で、強ばった身体から汗が一滴。力の抜けた僕は、ゾンビの如く足取りで誠のもとへ帰っていく。再起動していた彼は破顔、一切悪びれる様子も無く


「あ〜、今のは不味かったか。あれは核弾頭だもんなぁ〜、そりゃこうもなるか。」


などと戯けておどけて笑って見せる。

こいつはこいつで、安全マージンをとっているので、憎むに憎めないやつなのだ。


「ホントお前の地雷ジョークは心臓に悪い。

心肺蘇生が出来るぐらいだ。」


「俺から電気ショックは出ないぞお前。コケにすんなよこのアラフィフが!」


 そんなこんなで十分以上も続いた一銭にも、1ジンバブエドルにもならない談笑は、ある音に遮られる事となってしまった。


「待たせちゃったかな?こんなのは置いて速く行きましょう♪」


 彼女こそ、先程の会話で『地雷』、『核弾頭』と言われていた、僕の、笹宮 彩葉だ。背中の上半分を覆う程長く伸びた黒髪は、漆器のような美しさを持ち、ピタゴラスも驚きの黄金比を全体で現した立ち姿は、ニケのよう。髪以上に目を引く整った顔。そして、慎ましやかな何か。美の女神ビーナスでさえ嫉妬で怒り狂う程の美貌は世界の全てを舞台のセットにまで貶めてしまう。おそらく彼女のために世界があるのではないかと思わせてしまうが故に、僕は彼女から向けられる全ての+の感情を恐れてしまう。彼女の笑みは僕を内側から焦がし、嫉妬の目線は、対戦車ライフルのような威力で僕を貫く。

 

 それ以上に恐ろしい事がある。それは彼女の恋愛に対する知識と考えの偏差である。彼女は文武両道にして才色兼備。これは、この世の如何なる男性をも萎縮させ、告白される事は言わずもがな、告白する事さえも、周囲が不可能とさせた。


 まともな男子は私と付き合えない。


 この事実は、彼女の恋愛観を竜巻が渦巻くが如く捻じ曲げていった。曰く、物静かで気弱なダメ男なら、

 

付き合えると。

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