16 手
「ミオンは作戦のことを知ってたんだよね?」
自室のベットで足をパタパタさせている上機嫌のミオンに訊ねた。
「もちろん! ワタシなら盗み聞きは簡単だもん。
知らないわけないよねー」
幽霊ならば、他人の会話は聞き放題だ。
ミオンが最近、亮介たちの近くにいた理由は、作戦の情報を得るためだったのだろう。
僕はてっきり見限られたのだと思っていたけれど、そうではなかった。
「男がナイフを持ってるって、僕に言ったのも作戦?」
あれはすごく恥ずかしかった。まんまとミオンに騙された。
「あはは、あれは本当に見間違えただけ。
演技だってことは最初から知ってたから、危険はないって分かってた。
だから小道具を用意したのかなって。
せっかくだし、それを使ってカズキを煽ってやろうと」
「そっか、偶然か。だよね」
お菓子の包装をナイフに見間違えるなんてことは、そうそうない。
端から作戦に組み込むはずがなかった。
「でも、ナイフを見るとなんだか、嫌な感じがするんだよね」
ミオンはぼそりと漏らした。
「それって。ミオンはナイフで刺されて死んだってこと?」
僕はすかさずに訊ねた。
ミオンの死因が分かれば、ずいぶんと冬坂さんを守りやすくなる。
恋人になってより近くにいれる今、もう怖いものはなくなる。
「……たぶん」
ミオンは迷いながら頷くが、その後に慌てて言葉を付け足す。
「あ、でも。完全にそうだとは言いきれないからね」
ミオンは自分の死の瞬間の記憶を失っている。
だが、少しづつ思い出しているのかもしれない。
確定情報ではないが、これからはナイフを最重要警戒対象にしよう。
「分かってる。でもこれでずいぶんと守りやすくなるよ。
ナイフで刺されるシチュエーションは限られているからね」
「そうだね。あとたぶん家じゃないと思う」
さらりとミオンは重要なことを口にした。
「家じゃないって。それもっと早く言ってよ」
「言ったところで、カズキは最初から家にいるときは諦めてたじゃん」
「たしかに」
冬坂さんを守るといっても24時間は無理。
なので自宅にいるときに死んだらしかたないと、そうそうに諦めていた。
「でも、これで夜も安心して眠れるよ。
諦めてたけど心配はしてたからね、いつも」
諦めていたからといって、完全に忘れているわけではない。
いつも頭の片隅で冬坂さんのことを考えていた。
「いつも詩音のことを想ってるって、それはもう好きってことじゃん」
「普通ならそうかもね。でも僕の場合は事情が違うから」
「恋人になったってのに、それなのね。
ま、カズキらしいちゃらしいか」
ミオンは呆れ気味に笑った。
僕と冬坂さんは、おためしで恋人になった。
だけど、僕は彼女が好きなのではなく、守りたいから恋人になったという気持ちの方が強い。
「……必ず、冬坂さんを守ってみせる」
僕は決意を新たにする。
ミオンが自分の死因を少しつづ思い出している。
おそらく、冬坂さんの死は近い。
「おはよう、か、和樹くん!」
振り向くとそこには冬坂さんがいた。
「あ、おはよう。冬坂さん」
僕は少しだけ驚く。
いつもは僕が駆け寄っていたのだが、今日は冬坂さんの方から僕に駆け寄ってきた。
これが恋人になった変化なのだろうか。
「ねえ、ミオンもいるの?」
「……いるよ」
僕は一瞬だけミオンに視線を向ける。
ミオンは機嫌が良いのか、冬坂さんに手を振った。
しかし、冬坂さんはそれを見ることはできない。
「もしかしてミオン、怒ってる?」
「え? なんでそう思うの?」
以外な問いに、逆に聞き返してしまった。
ミオンは怒っているどころか、上機嫌だ。
そんなミオンも冬坂さんの発言の意図が分からず驚いている。
「だってミオンは私が好きなんだよね?
私と和樹くんが、その、恋人になって。怒ってるんじゃないかと……」
冬坂さんは心配そうに言った。
冬坂さんはミオンが未来の自分の幽霊だということを知らない。
別の幽霊だと思っているため、ミオンが嫉妬しているのではと心配している。
「それは平気。むしろ喜んでるよ」
「そうなんだ。良かった」
ほっとした笑顔をみせる冬坂さん。
「だよねミオン? ――わーいわーい、ワタシ今、最高に幸せ。とってもハッピー」
ミオンの心の声を代弁して、冬坂さんに伝えた。
「良かった。ミオンが喜んでくれて」
楽しそうに笑う冬坂さん。
「ねえ、そのキモいキャラ設定なんなの?」とミオンが不満を言う。
「不満があるのか? じゃあ、なんて言えばいいんだ?」
「どうしたの?」
ミオンの声が聞こえない冬坂さんが不安そうに訊ねてきた。
「あ、いや。ミオンが何か言いたいことがあるみたいで。
ほら、ミオン。言いたいことがあれば伝えるから」
「じゃあ私の言葉を一言一句正確に伝えてくれる?」
そう言ってミオンはニヤリと笑った。
「……分かった」
僕はなんだか嫌な予感を覚えつつもうなずく。
「早く二人がエッチするのを見たいなー」
「…………」
いくらなんでも、それを冬坂さんには言えない。
昨日、恋人になったとはいえ、まだおためしだ。
「ほら早く。ワタシの言葉を詩音に伝えてよカズキ。ねえ? ねえ?」
ミオンは面白がって煽ってくる。
「うんうん、なるほどなるほど」
「ミオンはなんて?」
「二人がずっと仲良しだと嬉しい。だってさ」
ミオンの言葉をなるべく角が立たないように言い換えて伝えた。
「はあ? もう恋人なんだから遠慮なんていらないのに……」
ミオンはため息を吐いて、不満を漏らした。
恋人だろうと遠慮は必要だ。親しき仲にも礼儀あり。
「ありがとうミオン。ミオンのためにももっと仲良くしないとね?」
ミオンの姿が見えない冬坂さんは、僕の言葉に素直に喜んでいる。
「ああ、そうだね」
「ためしに、手を繋ぎませんか?」
頬を赤らめて冬坂さんがそんな提案をしてきた。
「え? それはちょっと……」
僕は固まる。
今は登校中で周りに人も結構いる。
手を繋いで登校するのは、ちょっと恥ずかしい。
「ダメ、ですか?」
「ほらカズキ。女に恥をかかせない。
二人は恋人なんだから、恋人の振る舞いをしないのは逆に失礼」
ミオンが冬坂さんの肩を持つ。
「わ、分かったよ。……ごめん、ちょっと恥ずかしいと思っちゃって。繋ごう」
意を決して、僕は冬坂さんと手を繋いだ。
冬坂さんの手は小さくて、ひんやりしていた。
誰かと手を繋いで歩いた経験がほぼゼロなので、周りから変な目を向けられていないかが心配になる。僕は周りをキョロキョロと見回した。
しかし、誰も僕たちを見ていない。まるで興味が無い様子。
心配はただの杞憂に終わり、ほっと息を吐いた。
少しだけ余裕が戻り、僕はあることに気付く。
それは手を繋いでから、ずっと冬坂さんが黙っていることだ。
「どうかした? 静かだけど?」
僕は冬坂さんの様子を伺った。
すると、顔を真っ赤にした冬坂さんがこっちを向く。
「ごめんなさい。すごく恥ずかしいのと、嬉しいのでいっぱいっぱいで、えへへ」
冬坂さんは照れくさそうに笑った。
「そっか……」
恥ずかしいと思っていたのは、冬坂さんも同じだった。
冬坂さんと同じ気持ちでいたことが嬉しいと思った。
僕は少しだけ握る手に力を入れる。冬坂さんは、少し驚いて僕を見た。
そして、冬坂さんも僕の手をぎゅっと握り返してくれた。
「うわー、こっちまで恥ずかしくなっちゃうー」
はやし立てながらも、嬉しそうに笑うミオンだった。
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