15 ホントの気持ち


「実は最初から嘘だったんだよ。俺と冬坂は付き合ってない。

 恋人でもなんでもないんだ」


「え?」


 一瞬なにを言われたのか理解できなかった。

 亮介と冬坂さんが恋人になったのは、かなり前の話だ。

 あの時から、ずっと二人に騙されていた?


「お前の本当の気持ちを知りたくて、冬坂と芝居を打ったってわけだ。

 そんで途中から夏川にも協力してもらった」


「ごめんね和樹」


 いつのまにか美波が後ろに立っていた。

 美波が二人の尾行をしようと言い出したのは、なにか変だと思っていた。

 その理由がようやく分かった。共犯者ならば納得だ。

 そしてミオンももちろん共犯者。

 最近は亮介の近くにいることが多かったので、知らないワケがない。

 ナイフを持ってると、僕をそそのかしたのも作戦の手助けだろう。

 この場で何も知らなかったのは僕ただ一人ということだ。


「俺も冬坂も夏川も。お前の本当の気持ちを確かめたいと思っていた。

 三人の目的は一致した。だから今回、芝居を打った」


「本当の気持ちって?」


「俺達三人は、お前が冬坂を好きだと思ってる。

 それを確かめたかった。

 もし冬坂を助けに入ればお前は冬坂が好き。助けずに放置すれば好きじゃない。

 そしてお前は助けに入った。つまり……」


「ちょっと待って。あれは一人がナイフを持ってると勘違いしたからで……」


 その勘違いもミオンにそそのかされたからで、半分騙されたようなものだ。

 さらに僕は冬坂さんの死が迫っているとことを知っていた。

 そんな状態では助けに行かない方がおかしい。


「理由はどうであれ。これで夏川も納得したよな?」


 僕の言い訳を軽くスルーして、亮介は美波に何かを確認した。

 美波は頷き、そして僕を見つめる。


「あの約束はもうなかったことにしていいから」

「あの約束?」


 なんのことだろう。


「冬坂さんを好きにならないでって言った約束。

 つい言っちゃったけど。ずっと良くないなって思ってたんだ。

 誰かを好きになることって、自分でもどうしようもないのにね」


 今にも泣きそうな顔を美波は浮かべていた。


「なにはともあれ、これで二人が両思いだってことが証明された。

 晴れて二人は恋人だ。めでたしめでたし」


 重い空気を払うように、亮介が明るく言った。


「二人?」

「そりゃ、和樹と冬坂の二人だ。決まってるだろ?」

「え? 冬坂さんはそれで良いの?」


 僕が訊くと、冬坂さんは顔を赤らめて頷いた。

 否定しないということは、どうやら冬坂さんは僕が好きらしい。

 だとしたら冬坂さんと亮介が付き合っていたのは、やはり演技ということになる。

 長い期間、二人は恋人のフリを続けていた。

 そこまでして僕の気持ちを確かめたかったのだ。


 冬坂さんは僕と美波の約束を聞いていた。

 ――僕が冬坂さんを好きにならないという約束を。

 もしかしたら、その約束が今回の件を引き起こした元凶かもしれない。


「亮介はそれで良いの? 冬坂さんが好きなんだよね?」


 亮介は冬坂さんが好きだと言っていた。それもかなり前から。

 亮介は納得できるのだろうか。


「実はそれ嘘なんだ。お前には適当なこと言っていた、わりぃな。

 好きな人は別にいる」


「……そうなんだ」


 ミオンが前に言っていたことを思い出す。

 たしかボウリングの時に、亮介は本当に冬坂さんが好きなのかと疑っていた。

 僕はまったく疑いもしていなかった。

 だけどミオンは気が付いていのだ。


「ふーん、秋野に好きな人がいるんだ? ねえ誰? 教えて?」


 美波が楽しそうに亮介へ質問する。

 本気で知りたいというよりは、からかって遊んでいる感じ。


「夏川」


 亮介は美波に向き直ると、そう言った。


「ふえ?」


 不意打ちを食らい、美波の動きが止まる。


「4人で遊びに行ったとき、本当は夏川にコクろうと思ってたんだ」

「え? え? 私?」


 亮介のカミングアウトに美波は驚いた表情を浮かべた。

 僕も驚きを隠せず、目を丸くする。


「でも、和樹には冬坂が好きだって嘘ついてたから。

 変な流れてになって……。

 それで色々あって冬坂と嘘の恋人になることを持ちかけた。

 俺はずっと夏川が好きだった。

 だけど、夏川は和樹が好きだって分かってた。

 だから、俺は自分の気持ちをずっと隠してた。

 でも和樹がこうして冬坂と恋人になったワケだし。

 夏川も吹っ切れただろうから……言おうと思う」


 一呼吸置いて、亮介は美波を見つめる。


「夏川」

「……なに?」


 亮介の真剣な表情に、目を泳がせる美波。


「ずっと前から好きだった。俺と付き合ってくれないか?」


「……ごめん正直、分からない。秋野は好きだけど。

 たぶん友達として好きだと思う。だから……」


 美波はやわらかく亮介の告白を断った。


「ならおためしで。しばらく付き合ってみて、それでも好きにならなかったら。

 その時は分かれよう、すっぱりと。それでどうだ?」


 亮介はめげずに、明るく提案した。


「秋野はそれで良いの?」

「ああ、俺は卑怯なことをしてるからな。それくらいは全然構わない」

「卑怯?」


 なんのことと美波が訊ねる。


「夏川が失恋した瞬間を狙って告白してること。普通に考えてかなり卑怯だろ?」

「自分で自白しちゃうんだ?」


 ふふっと美波は笑みをこぼした。

 亮介が言わなければ、おそらく誰も気付いていなかっただろう。

 でも亮介はあえてそれを口にした。

 その潔さは亮介らしいと思った。


「まあな」

「分かった。いいよ付き合おう。おためしで」

「よっしゃ!」


 亮介は飛び跳ねた。


「そして、すっぱりと分かれよう!」

「おいおい! そりゃねーって。ぜってー好きにさせるからな」

「ふふーん。やれるもんなら、やってみなさいよ」


 美波と亮介は、楽しそうに笑っていた。

 僕には、二人がとてもお似合いのカップルに見えた。

 僕が二人を見て笑っていると、冬坂さんに服の袖をつかまれる。


「春岡くん。私達もおためしで、どうかな?」

「…………」


 どうやら冬坂さんは、本当に僕が好きのようだ。

 では僕は冬坂さんを好きなのだろうか?

 それは分からない。

 しかし、今のこの雰囲気で嫌ですとは答えにくい。

 それにもし断ったら、冬坂さんを守れなくなる。

 亮介が冬坂さんを守ってくれることもなくなった今、彼女を守れるのは僕しかいない。


「正直に言うと、自分の気持ちがまだ分からない。

 冬坂さんがそれで良いのなら」


「うん、いいよ」


 冬坂さんは顔を赤らめ、小さく笑った。

 こうして僕と冬坂さんは、おためしで恋人になった。

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